28 物語のハピエンとは

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28 物語のハピエンとは

「殿下、今の話が本当なら、第一王子のしたことは許されることではございません。新婚夫夫(ふうふ)の初夜を覗く行為など、それに医師の派遣も悪意しかない」 「ああ、そうだ。これだけでも十分だが、証拠としては何もない。まだ手鏡が直接リリアンに手渡されたという事実はリリアンしか知らない。リリアンが王家の秘宝を盗んだと言われたらそれまでだ」 「確かに、そうですね」  兄は考え込んでいた。 「リリアンに、兄上が自ら手鏡を贈ったという言葉が欲しい。そしてリリアンは手鏡の利用法も意味も知らなかったというのが大前提だ」  殿下はそう言うと、こうも続いた。リリアンがガリアードを(おとしい)れるために第一王子と協力して手鏡を使用したと言われたら、リリアンやワインバーグ公爵家にまで被害が及ぶ。それは避けないといけないから、今後は慎重に動く必要があると。 「今回の会話では犯罪に引っかからない、今度はこちらから誘導するような質問を投げかけて、確かな言葉をもらわなければなりません」 「そうだ、さすがアンディ」  殿下は兄を買ってくれているようだ。  そして殿下は言った、直接ガリアードがリリアンを(おとしい)れているという話を聞いたのがリリアンの身内だけと言うのも、証言の強さが足りない。せめて第一王子派の貴族立ち会いのもと、真相を暴く必要がある。だがそんな都合のいい貴族がいるとも限らない、まずはそういう仲間を探すべきだと。 「とりあえず兄上はアンディを自分の駒にできたと思っているだろうから、俺たちと繋がったことは悟られるなよ」 「はい、でも私は第二王子、あなたのことも推しているわけではありません。あくまでもリリアンを救うことがワインバーグ家の総意と思ってください」  兄ははっきりとそう言った。ワインバーグ公爵家の両殿下への中立は、そう簡単に崩せるものではない、仕事の顔が入った兄は少しかっこよかった。 「はは、それでこそ小公爵だ。理由が明確な方が俺もお前を信じられる。力だけ貸してもらおうなんて思っていない。心配するな、俺を推したくなるような、そんな活躍をしてやるからその時まで待ってくれ」  わぉ、さすが原作アニメの主人公、言うことはかっこいいし、そして有言実行。このまま行けば、力強い味方がすんなりと物語を進めてくれて、殿下のストーリーが完結する頃にはリリアンのストーリーも溺愛モノとして完結間違いない!  殿下のストーリーは、第一王子を倒して排斥。第二王子が王太子になり、彼女と結婚、初夜……そこはさらっと結婚して朝を迎えましたって表現だけ。そこでヒロインのお腹に赤ちゃんがいるというところで二人幸せにハピエン終了!  あとはナレーションでその後はこうでしたって、お決まりのさらっとした話。  いつの間にか第一王子は暗殺されていた、悪は誰かに成敗される。そしてガリアードも生涯独身でしたって、一人辺境の地で戦いに挑むかっこいい哀愁溢れる背中を見せて、リリアンってセリフを天に仰いで呟く。そこがとても悲しみに満ちていてみんなが泣いた。ファンから「ガリアード×リリアン」ストーリーお願いしますとたくさんの声をいただき、web限定アニメになったきっかけだった。そして陛下が数年後崩御され、王太子であった第二王子が国王になり、その頃にはヒロインとの間に子供も二人いて、いつまでも幸せに暮らしましたとさって感じの終わり方。正当なハッピーエンド。  いい流れじゃない? とにかく第一王子を倒したら、殿下も幸せ、俺もガリアードも幸せ、いいこと尽くし、もう少しだけ頑張る必要あるけど、物語は思った以上に早く進んでいる。 「さぁ、リリアン。お前にも仕事をしてもらわなくてはならない」 「えっ、僕にできることあるんですか?」  殿下はにやっと笑った。  夜会で、きっと第一王子はリリアンに近づく。その時に、ガリアードに凌辱されているということを、さりげなく伝えろと言った。さりげなくってどうやって?  そして手鏡は、恋人の証ということを知らなくて、お返ししたいという。だが、もう少し(おとしい)れる証拠の欲しい第一王子は、それを拒む。その会話を録音しておけと言われた。 「それくらいなら僕にもできそうですね」 「「ダメだ!」」 「えっ……」  二人分のダメだ、それはガリアードと兄だった。 「二人とも仲がいいな、ははっ!」 「殿下、笑い事じゃありません。私の可愛いリリアンをそんな邪悪な人間と二人で話をさせるなど、できかねます」  兄が言う。そしてガリアードも。 「そうです、可愛いリリアンを他の男と二人きりになど」 「二人して同じこと言うのな、面白い。確かにリリアンは可愛いが、俺はそれだけじゃないと思うぞ、お前らが思うよりリリアンはずっとしたたかだ、そうだろ? リリアン」  もしや、殿下には俺の性格がばれているのか!? 俺がきょとんとする顔をしたら、ガリアードが反論した。 「サリファス、貴様一度ならず二度までも妻を愚弄するか!」 「おいおい、お前さっきから本性出しまくりだな。リリアンの前で隠していたんじゃないのか?」 「お前の前で隠す必要ないだろう、リリアン、大丈夫だ。子供の頃のくせで、殿下にだけはついフレンドリーに話してしまうけど、あなたにそんな汚い言葉を使わないから安心してくれ」 「フレンドリーって、まぁいいけどさ?」  そういうことか、さすが親友。そしてガリアード、フレンドリーの意味知ってる? 「いえ、ガリアード様のそういう砕けた話し方もかっこいいです! さすがお二人は親友なのですね、ちょっと妬いちゃいました、関係がうらやましいな」  俺はいまだゴマスリ術を使う。どんな些細なことでも見逃しません、リリアン好感度アップはまだ続けてあげるからな。あっ、こういうところがしたたかと言われる所以だ。殿下にバレたのはこの部分か! 「リリアン、あなたはそんなことにも嫉妬してしまうのだね。殿下、もうお帰りください。リリアンがうらやましがるから、一生あなたはここに来なくていい」 「うう、親友が冷たい。でもリリアンのそういうとこ好きだぞ、演技なのか本気なのか、自然にあざとく男を転がすところな」  そういうことか。確かにガリアード簡単にリリアンに転がされている。 「サリファス、斬られたいのか?」 「わかった、わかった、悪かったって。なっアンディ、この二人大丈夫だろ? どちらかというと主導権はリリアンだ」 「まぁ、そうですね。辺境伯をそこまで動かすリリアンなら、少し安心しました」  お兄ちゃんに安心してもらえたなら良かったよ。うん。  ガリアードはずっと俺の方を見てにこにこしているから、大型わんこみたいに可愛くて、頭を撫でてあげたら、もっと喜んだ。可愛いな! 「ほら、俺たちがいるのにああやってすぐ、リリアンはガリアードを甘やかす。こんな辺境伯なら怖くないだろ?」 「そうですね、羨ましい。私もリリたんによしよしされたい」  リリ兄もブレないね。 「とにかくだ、次の夜会で仕掛けるぞ、出来るな? リリアン」 「はい、頑張ります!」  次の夜会こそ、ついに物語が完結に近づく! 俺は社畜としてのスキル、誘導尋問……しまった、そんなスキルはなかった! 前世普通の会社員で、デカじゃない。とにかく誘導して言葉を引き出すことをしなければいけない。分野外の仕事をうまくこなせるか不安だが、やる時はやる男だ、俺は!
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