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35 解放されない
第一王子の気持ち悪い話はまだ続くので、席を立つタイミングがどうやっても見つからない。
「リリアン、君を助け出したい。アンディとは会った?」
「いえ、兄は今、地方に査察へ行っていて実家には居なかったので会えていないんです」
嘘です。毎日リリたんリリたん言われて、抱擁されております。
「そうか、アンディから手紙は?」
「いえ、結婚してから兄とのやり取りはありません」
嘘です。毎日辺境伯領まで届いていて、郵便届ける方が若干疲弊しております。
そして第一王子は考える。考える時間なら一人の時にしていただけませんか? 俺こう見えて忙しいの、これから旦那をなだめにいかなくちゃいけないんだからさ!
「そうか、アンディはだめだったか、ぶつぶつ」
うそ!? ぶつぶつって、本当にぶつぶつって言葉を使う人、初めて見た。
ちょっと感動! 兄はあれから殿下によく声をかけられて、また秘密の部屋へ誘われているらしいが、もう弟の破廉恥な姿は見たくないと言って、第一王子の誘いを断っているらしいよ。それも第二王子との会議の結果、そうしようと決まったものだった。
第一王子から、辺境伯まで乗り込むなら私兵を連れて行ってもいいと言われたらしい。
これ、このまま辺境伯領まで乗り込めって言われているんだと気づいた兄は、第二王子に相談したところ、王子たちの戦いに兄が巻き込まれてしまうのを、第二王子が阻止するために兄を第一王子の目から逸らすよう動いた。第二王子の指示のもと、王宮への仕事をいったん抑えて、今は公爵家でテレワーク中です。表向きには地方の行政立て直しに奮闘して、声をかけるのが難しいくらいに忙しい身を装っている。
リリアンの現状を知らなかったら、秘密裏に私兵をお借りしてリリアン救出に向かう自分しか想像できないと兄は言っていた。うん、実際あなたそうしていたからね! はぁフラグ回避が早い段階で成功して本当に良かった。
兄は現実逃避し始めて、リリアンは清い清いって呟いている。第一王子を見かけるたびに兄は独り言でリリアンリリアン言っている。病んだ人を演出して、こいつ使えねぇなって思わせる作戦らしい。でも病んでいるのは演出ではなくて、本気だよね。リリアンに病んでいるのはもうリリアンがこの世に生まれてからずっとだよ?
「リリアン、私は君を救いたい。それには君が辺境伯に不当に扱われているという証拠が欲しい」
「不当な証拠?」
その言葉に、リリアンは可愛く、きょとんと首をかしげる。俺のナイス演技で可愛さ演出中だ。
「今君は辺境伯の部屋に居るんだね、一度自分の部屋に戻ってそこでいつもの 夫夫の営みをするんだ」
「えっ、夫夫の営み!?」
なんとまぁ! リリアンは驚いて声が大きくなった。そして口に手を当てて、はっとした演技。
「そうだよ、安心して、私が鏡越しに見ていてあげるから。それでそれを証拠に君を王都へ呼び戻せる、離縁したら、正当な嫁ぎ先は見つからないだろうから、私の後妻になればいい」
「離縁、後妻……」
お気づきだろうか? 俺は第一王子の言葉を繰り返し言っているだけなのを。
こいつゲスいぜ! よくもまぁペラペラと、要約すると……二人のエッチを私に見せてね! 思いっきり凌辱されちゃって、興奮するから! それを見た後は私の第二夫人にしてあげるから、安心してね! 嬉しいだろう……と。
「そうだな、今日からぴったり十日後になんとしてでも、辺境伯に自分の部屋でエッチをしたいと行って誘い出して、君を酷い抱き方をする場面を鏡の前で映すんだ、できるね?」
「……(キモくて言葉もでない)」
「そんなに怖がらないで、その一度さえ頑張れば君はあの男から離れられる。大丈夫、私が見守ってあげるから」
第一王子は俺の手を握った。キモっ、キモい、気持ち悪い。三回心の中で言ってしまうくらいキモかった。王子なのに、キラキラしたイケメンなのに、俺は全身で拒絶していた。俺にはやっぱりあの屈強な男しかダメだ、触られて再度確認した。俺はガリアードだからこそ受け入れられたんだ。ただの男根好きなわけじゃない、あっ間違えたただの男好きなわけじゃない!
俺の体が勝手に身震いしたが、感極まったとでも思われたのだろうか? 第一王子は王子スマイルを俺に見せて、そこで驚きの行動。なんとこいつリリアンを抱きしめた!?
「あぁっ!」
「リリアン、愛している」
「いや、お離しくださいっ!」
マジでやめてぇ、不貞を疑われることしたら、俺が断罪されてしまうぅぅぅー。
「ひっ!」
そして辺り一体が急に冷え込んだ気がして、後ろを振り返るとそこには般若の顔をした俺の旦那がいた。俺の力じゃ、第一王子の抱擁を解ける術はなく、俺は一気に固まった。
「何を、している」
ガリアードは、いつになく冷たくて低い声だった。
やっと気づいた第一王子は、俺を離した。そしてガリアードに強引に手を引かれた俺は、第一王子の抱擁から離されガリアードの腕の中に引き込まれた。
「あ、あの」
「お前は黙れ」
こわっ、怖い。これ演技だよね? 不仲夫演技だよねぇ!?
「殿下、この状況は一体どういうことですか」
「オスニアン辺境伯、私は旧友のリリアンと話していただけだよ」
悪びれもせず、しれっと言った。話していたというより抱きしめていたんですよね、あなた!
「私には、妻を抱きしめていたようにしか見えなかった、そうだよな? ヤン」
「はい、殿下は奥様を抱きしめておりました」
旦那の後ろにはヤンが控えていた。ヤンいつの間にガリアードを呼びに行っちゃたんだよ、溺愛旦那がこんな場面見たら怒るに決まっているだろう! 俺がせっかくあざとい演技で王子を誘導尋問、じゃなかった勝手にしゃべってくれたのに。この空気感どう収めるつもりだ!
「ああ、ちょっとリリアンがよろけてしまってね。悪かったよ」
「……コレはもう私の妻です。いつまでも愛人だった頃のことを懐かしんでいただいては困ります。節操をお持ちください。コレには躾をしますし、もう二度とあなたとの逢瀬は許しません。では失礼」
ガリアードはそう言って、今度は俺を睨んだ。そして強引に手を引かれてその場から離れた。いつになく力強いその手が、優しさのかけらも感じなくて怖かった。
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