870人が本棚に入れています
本棚に追加
9 結婚式の朝
いつの間にか、リリアンのために用意された部屋で寝ていた。起きたらすでに翌朝だった。そこには侍女のジュリがいて、いそいそと顔を洗う水桶を用意している。
「ん、ジュリ? おはよ」
「おはようございます、リリアン様」
「おれ、じゃなかった、僕いつの間に眠った?」
「あの後、リリアン様のご確認が終わってから、しばらくお二人でお部屋にこもっていらして、そしてそのまま疲れてリリアン様は眠ってしまわれたんですよ? お風呂はガリアード様がいれてくださったみたいですけど、よっぽど精神的にお疲れになったのですね。無体なことはされませんでしたか?」
「あっ」
昨日のことを思い出して、少し恥ずかしくなってしまった。
「もしや! もう処女を奪われてしまわれましたか!?」
「まさか! 大丈夫、ガリアード様はとても、やさし……あぁっ!」
俺はふと思い出したことがあった。
「ん、やっぱり無体を!?」
「えっと、そういえば、僕の荷物ってもう届いた!?」
「はい、昨夜のうちに、お部屋に全て片付けさせていただきました」
凄いな、主が寝ているのに片付けをしたのか? さらに起きないリリアンの疲れ具合って……。この侍女がむしろ優秀なのか怠惰なのかわかりづらい。
「じゃあ、第一王子にいただいたアレも?」
「ベッド脇に置いておきました! とても美しい手鏡ですね」
ベッド脇!? 俺の寝ている隣にそいつは存在していた!
「これ……そうだね、美しい。第一王子が僕にくださった品だから大事にしないとね」
思い出したこと、それはこの手鏡が第一王子からリリアンへの贈り物だったこと。一目でわかるくらいに、豪華な宝石がちりばめられた手鏡だった。
これこそが、リリアンと第一王子の繋がりを疑われたモノ。
ただの豪華な手鏡に見えても、実は盗聴も盗撮もできる魔道具だった。これのお陰でガリアードの凌辱を第一王子は知ることになり、それこそがガリアードを陥れる材料とされた。そして魔道具の存在に気が付いたガリアードもこれを理由にリリアンを痛めつけた……性的にな!
アニメでは、リリアンの生家であるワインバーグ嫡男のリリアンを溺愛する兄に、凌辱シーン見せる。弟の凌辱シーンを見せられたら、お兄ちゃんは黙っていられないよね? 第一王子は、なんて卑劣なことを。
激オコの兄が辺境伯のお屋敷に乗り込み、リリアン死ぬという結末に至る理由だった。
リリアンの痴態お披露目会こそが、第一王子がワインバーグ家を取り込んだ瞬間だった。リリアンの知らぬところで、リリアンはAVデビューすることとなっていたなんて可哀想に。しかも初鑑賞者に身内が入っているとかさっ! 第一王子がソレで抜いたのも俺は知っている。そういうエロ八割を占めるアニメだったから、脇役にもエロ魔神がいた。
そんな話はさておき、結局リリアンの死で第一王子がウハウハだったのは束の間だった。
後に全てをリリアンの兄に暴露され、その行為が悪質であり、そのせいで一人の公爵令息が儚 く散ったのだから、王位継承権を失い国外追放されてしまった。それだけではなく、国外追放の最中にひそかに暗殺された。あっ、ちなみに暗殺の実行犯はガリアードね。リリアンの死後、リリアンを綺麗な存在として崇拝したガリアードは、第一王子を許せなくてあっさり殺したのだった。恨み、怖いね。
悪い奴は生き残れないよね、というか良い子のリリアンも必要ある死に使われたから、善人も生き残れない。このアニメ、サバイバリー!
さて、コレをどう使うべきか、今夜の初夜までにどうするか悩まなくては。今この瞬間にも第一王子に聞かれているかもしれないから、ガリアードとラブラブだということは言わない方がいい。どうにかして、逆に第一王子を陥れたい。
「でも、そんなモノをリリアン様に贈るなんて。第一王子は何をお考えなのでしょう」
「なんだろね?」
ジュリは、不審そうにその手鏡を見ていた。俺は一刻も早くこの部屋から出たくてすぐに身支度をしてもらい、食堂に行った。そこには豪華な食事が用意されていた。ガリアードはすでに食事を済ませていたとのことだった。美味しい豪華な食事を食べ終わると、そこに昨日紹介された騎士のヤンが現れた。
「……リリアン様、おはようございます」
「ヤン、おはようございます」
あれ、なんか浮かない顔してない? やっぱり事前に怪しい情報が入っていた余所者に仕えるのが嫌になっちゃった系?
「本日から、リリアン様付きになるうちの妻ですが、実は体調がすぐれなくて。数日お休みをいただくことになりました。初日からこんなことになってしまい、申し訳ございません」
「えっ、リックが? 彼、昨日は元気そうに見えたのに、大丈夫ですか?」
「はい、今は落ち着いておりますが……」
気まずそうな顔をして、リリアンを見た。その時、ガリアードが食堂にきた。
「リリアン、おはよう。よく眠れたか?」
相変わらずの大きな体と、整ったお顔。素敵だ、朝のガリアードも素敵だった。アニメ本編では絶対見られない笑顔を、惜しみなくリリアンにさらしている。う――ん、いいね! ガリアードの笑顔という、俺の頑張った仕事の成果を朝からまじまじと見てしまった。仕事の成果を眺めるの、俺好きなんだよねぇ。
だけれども、社畜は朝だからといって気は抜かない。社畜の基本を披露する、それは元気のいい挨拶! そして前日のお礼も。メールがないこの世界では対面で即レスするべきだ。
「ガリアード様! おはようございます。とてもぐっすりと眠れました、昨日は僕のお世話をしていただけたみたいで、ありがとうございます」
「いや、リリアンをぐったりさせたのは私だからな、顔色も良さそうだ」
「ガリアード様の優しさに触れて、そんな疲れも幸せな朝でした」
ガリアードは俺を抱きしめた。朝から濃厚だね。
「ガリアード様は、リリアン様にメロメロですね」
そこでヤンが微笑ましい笑顔で、俺たちを見て話した。俺の仕事の成果、ヤンも認めてくれたぜ!
「ああ、こんなに可愛い人が私の嫁になってくれるんだ。奇跡のようだよ」
「本当に。”王国の花”をお迎えできて、オスニアン家は他の貴族から恨まれないようにしないとですね! より一層、リリアン様をお守りすべく警備をしっかり行います!」
王国の花……、そうなのだ。
このリリアン、生まれは公爵家で血筋もさることながら、とにかく愛らしく花の香りがするんじゃねぇか? というくらい可愛いので、その呼び名が浸透した。そこらの女は敵ではない。しかも次男だから家を継がなくていいので、嫁に欲しいと大人気だった。
家族が過保護なので、もしや嫁に行けないんじゃないかというくらい、全ての縁談を断り続けていた。
父も兄も一生家にいれば良いと言っていた。そんな目に入れても痛くないという愛らしい次男が、陛下によって褒美という名の政略結婚に使われるとは驚きだ。父は蒼白な顔をして帰ってきたのが懐かしい。
宰相が息子を手放さないと有名だったので、こうでもしなきゃリリアンが嫁に行くことはない。だったら王命で守られた結婚がいいだろうと、陛下から丸め込まれたパパ、可哀想に。そして嫁に出して、次に再会した時は儚 く散った後のリリアン。
パパりん、今度はそんな思いさせないからな!
「ありがとう、頼むよ。ところで、リックはどうした?」
「それが……」
俺がアニメの回想をしていたら、ヤンは神妙な顔をして、語り出した。
最初のコメントを投稿しよう!