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「言ってないよ。ほら、トイレに行っておいで」
「うん」
その後、明かりをつけた部屋で解熱剤を飲ませた。
「これでもう怖いのいない?」
「うん、いないよ」
「ピアノの練習しなくても連れて行かれない?」
「連れて行かれないよ」
ひなたはほっとしたのか、ぽろぽろと涙を流した。普段、ピアノの練習をしろとキツく言っていたことをこっそり反省した。
「大丈夫、あとはもう元気になるだけだからね」
「うん」
やっと泣き止んだ娘の背中を撫でていると、背中に黒っぽい糸くずがついていた。つまみ上げようとすると糸くずはするりと私の指から逃げ、手の甲に乗った。よく見ると、それは小さな蟻だった。
「えっ、やだ、どこから」
思わず手を振ると、パジャマの裾からバラバラと蟻が落ちた。床に落ちた蟻達は、餌を見つけたかのようにひなたに向かって真っ直ぐ歩いて行く。
「やめて!」
抱き上げたひなたが、不思議そうに私を見た。
「ママ、どうしたの? 蟻さん可愛いよ」
ひなたの口がぐにゃりと曲がり、抜けた乳歯の隙間から蟻が這い出て来た。それを見て、私は腹の底から叫んだ。
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