プロローグ

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プロローグ

 家の近所に差し掛かり、騒がしい蝉の声が近づいてきた。入り口に立つ錆びた車止めが見えてくる。まとわりつく暑さで額に汗が滲んだ。  七年前のあの出来事も、今日みたいに蒸し暑い夏の最中だった。  俺たちは間違えたのだろうか。  高校生になった今でも、帰り道にこの公園のそばを通るたびにそんな自問が脳裏をよぎる。しかし答えのある場所から、俺はずっと顔を背け続けていた。  いつものように公園から目を逸らし、足を早めて通り過ぎようとした、そのとき。 「……けて」  かすかに声が聞こえた気がして、思わず振り向いた。  滑り台だけが設置された小ぢんまりとした公園は、地面を覆う草がますます伸び散らかっていた。そのたった一つの遊具の陰に――あの場所に――誰かがいた。  瞬間、助けを乞うように伸ばされていた白い手に土をかけて踏みつけた、スニーカー越しの地面の感触が足裏によみがえった。  同時に由里香(ゆりか)の顔を思い出す。穏やかで優しかった幼馴染。この場所でよく、三人で遊んだこと。  あの場所にいるとしたら。予感に導かれるように、七年ぶりに足を踏み入れた。フェンスと樹木で囲われた公園のなかに入ったとたん、耳を塞ぐような蝉の声に包まれる。  ふいに背後から強い風が吹いた。風に乱れた長い黒髪が、他校のグレーのスカートが、滑り台の陰から垣間見えた。 「……紗枝(さえ)?」  あれ以来呼ぶことのなかった名前は、喉の奥で掠れた。
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