白い壁の傷

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第4章   その人は美桜という名前だった。僕は美桜に一目で恋に落ちた。それほどまでに彼女は美しかった。まるで滝桜から生まれた妖精のようだった。 「あなたは僕の知っている人に瓜二つなんです」  それは僕が最初に美桜に掛けた言葉だった。 「それはどなたですか?」 「父の恋人だった人です」  すると美桜が笑った。その笑顔が眩しかった。 「三春へはこの桜に会いに来られたのでしょう?」  美桜はそう尋ねた。まさか父の元恋人を捜しに来たとは言えなかった。 「この滝桜は日本一の桜なんです。千年以上も生きていて、観る人に幸せを与えているんですよ」 「はい。この美しい桜を観に来ました」  僕は日本一だという桜を前にしながら、美桜を見てそう言った。美しい桜とは滝桜と美桜とを掛けたものだった。 「上手いことを言いますね」  するとそれに気がついたのか美桜がまた笑った。その笑顔はあの写真の女性と本当によく似ていた。 「私の家にいらっしゃいませんか?」  すると美桜が唐突にそう言った。僕は驚いた。しかしその一方でそれを快く思った。それで美桜の誘いに応じることにした。 「この奥なんです」  美桜は滝桜から暫く歩いたところで立ち止まった。それは深い森の入口だった。僕はこんなところに何があるのだろうと思った。しかし美桜はそう言うと、そこへ入って行った。 「待ってください」  僕は信じられない思いに駆られながら、慌てて美桜の後を追った。それから僕達は自分の背丈ほどの草むらを掻き分け、その奥へと突き進んだ。すると遠くの方に小さな社が見えて来た。僕はそこが美桜の住まいではあるまいと思ったが、美桜はその社を目指してまっすぐに向かっていた。 「ここです」  そして少しすると、まさかと思った社の前で美桜が止まった。僕は大きな不安を抱きながらも観念してその中に入った。 「この階段の下です」  その中には地下へ続く階段があった。それは白い大理石で出来ていて、13段降りると今度は反対側に反転して更に13段を下る構造になっていた。僕達がそれを下り切るとそこに部屋の入口が現れた。 「どうぞ」  僕は美桜にそう言われて、その部屋に入った。
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