13人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「本当に、短い間でしたけどお世話になりました。これからも頑張ります」
精一杯の笑顔を彼に向ける。
いつもなら、噂が広まった時点でその職場を静かに離れていた。だけどもう、私は逃げない。
「うん、浅木さんなら大丈夫。頑張ってね」
明日から、見慣れた風景に彼の姿は映らなくなる。だけど、今日という日までは確実に、八重樫さんが見ていた景色に、私は私のままで存在することができていたんだ。
それだけで、私は明日も立っていられる。
蝉の声は、もう耳に届かない。
気がつけば、日が落ちる時間も大分早くなっていた。
髪を切ったせいだろうか。首元が、やけに寒く感じた。
《完》
最初のコメントを投稿しよう!