箱の中の言葉

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箱の中の言葉

『至上の楽園』という言葉に弱い君のため。  ある日の帰り道、今にもシャッターを下ろそうとする小さな旅行代理店に慌てて飛び込んだ僕は、君を酔わせるのには充分な謳い文句と暖色の屋根に、そしてどこまでも美しいターコイズの海に彩られたパンフレットを急ぎ見た。  それは綺麗だった。紛れもなく、今まで見てきた何よりも。けれどもいま目の前に広がる光景は、それよりずっと綺麗。やっぱり自然はすごい。それなのに君は、綺麗だとは一言で表現出来ないような顔でそれを見ている。見詰めている。  ──この島までは東京から飛行機でおよそ12時間。雲間を降下し(あお)いベリルの水面(みなも)が見えた時、初めて二人で遠い異国の空を飛んでいることを実感し手を握った。  ふと東京の、ヒグラシの声を思い出す。夏の終わりを急かすようなその声は、僕の胸のずっと奥を優しく何度も引っ掻いた。  ここは静かだ。余計な音も人もなく、温暖な気候と緩慢な時間だけが満ち満ちて揺蕩(たゆた)う。青も白も緑も全てこれ以上ないほど夏の彩りをしていた。 「私、ここに来て良かった」 「ありがとう」 「こちらこそ、ありがとう」 「うん」  君は目を細めて笑った。  反射する夕日がやけに眩しい。この土地の日照時間は日本のそれよりずっと長い。きっと僕の故郷よりも。  長い長い一日を、日がなこうやって君と暮らしてゆく日々を望んでいた。より一層深くなる思惑に、頼りない胸が震えた。
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