箱の中の言葉

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 潮騒に抱かれるように遠く、船笛が聴こえる。  海は穏やかに白砂を浚うけど、水平線は静まったまま。すぐ隣で幸せそうに息をする君の肩が少し冷たい。  ああ、なぜ僕はこんな時、君を擁する言葉を持たないのだろうか。 「ねえ、見て」 「うん?」 「雲が」  沈む今日に照らされて、より立体感を増した入道雲に見入る君。その君の横顔に見入る僕は、ずっと言葉を発することが出来ないままだ。  ──この雲もあと暫くで終わりかな。  夏が去るのが寂しくて、僕は君に肩を寄せる。この夏が終わる前に、伝えておきたいことがある。  僕は海を眺めるふりをして、その瞬間を躊躇(ためら)った。僕の国の感性を君の国の言葉で伝えるのだ。愛する気持ちは同じでも、こんなにこんなに胸が苦しい。 「リンちゃん見て、知らない鳥がいるよ。きれいだねえ」 「うん……あのさ」  君がきょとんと僕を見る。考えてきたつもり。  でも口から出るのは拙く単純な躊躇いの言葉ばかりで、一向に糸口が見えない。最初で最後なんだ。しっかり決めたいのに。
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