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「センチメンタルな顔をするのね。リンちゃん」
「後悔しているんだ、僕」
「後悔?」
「──言葉がね、出なかった」
それは一昨日空港で待ち合わせた時のこと。
君は珍しく袖の無いワンピースを着ていて、その上に羽織ったかぎ編みのボレロが可愛くてどうしようもなく愛しいと思った。言葉は消えた。
あの時それを上手く伝えられなかった事を、不器用な外国人の僕は、まだ根に持ったままだったのだ。
臆するな。夏が終われば僕は祖国へ帰らねばならない。ずっと一緒にいたいと言え。君と片時も離れたくないと、はっきり言わないと。
「あのさ」
「なあに、リンちゃん」
「ずっと一緒がいいな。君と、ずっと一緒がいい」
「うん」
「だから──」
『一生分の君を下さい。大切にします。ずっとずっと、大切にします。何よりも、僕よりも』
君が泣いた。泣くように笑ったのかもしれないけど。君は綺麗だった。やがて宵闇に飲まれる影さえも輝くほど。紛れもなく、今まで見てきた何よりも。やっぱり君はすごい。君は、君を、君と──
僕はきっと、綺麗だとは一言で表現出来ないような顔でそれを見ている。
──渡すタイミングを逃してしまった。
左ポケットに忍ばせた、小箱の角張りをなぞって確かめる。何度も、何度も確かめる。
(了)
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