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青天霹靂
授業終わりのチャイムが鳴り、僕は誰よりも早くこの教室を出ていく。イチャイチャしているカップルを横切りながら。別に何とも思わない。自分には到底関係のないことだから。そして家に帰る。家に帰ると、母さんのおかえりーという元気な声にこたえる。ただいま、と口が動く。はい、これで本日の会話は終了。お疲れさまでした、と自分自身を労う。今日はカレーか。何かいいことでもあったのだろうか。
自室に荷物を置いて食卓に向かう。いつもはにこやかな母が待っているのに、今日は母と父がいた。おかしいな、こんな時間に父さんがいるなんて。心の中でため息をつく。今夜はまだ何か会話をしなければならないみたいだ。
この、僕が尋ねなければ何も始まらないぞ、という空気。重いなあ。だが、そんな感情は表面には出さない。僕は地味で平凡な男子高校生だ。平凡。僕が最も嫌いで、最も好む言葉だ。
「どうしたの?」
できるだけ明るく。できるだけフラットに。
「すまない朝日。実はな…。」
こういう時、僕は両親に土下座をしたくなる。朝日、なんてさわやかな名前をもらったのにその名前にあっていない。元気な子に育つように、との願いが込められているそうだが、元気なんてかけらもない。
「実は…父さん、海外赴任が決まったんだ」
ああ。そうか。もしかして転校しろとでもいうつもりなのだろうか?まあ、構わないが。
「それでね、朝日。お父さんとお母さん、話し合って二人で決めたの。朝日にはお友達もいるでしょうからこっちに残ってもらおうって。」
…予想外の答えだ。まさかこの両親が子供に一人暮らしをさせる決断をするなんて。
「ああ、どこに行くのかまだ言っていなかったな」
興味ないが、一応聞いておくか。
「イタリアだ。お土産たっくさん送るからなー」
やはり興味はわかなかった。そうか、だからなんだ。イタリアがなんだというのだ。
「私たちがあっちに行くのは三か月後なんだけどね、それまでに一人暮らしの準備を整えないといけないのよ、わかってくれる?」
ああ、わかる。我が家は一軒家、ではなく賃貸だ。僕一人で住むには広すぎる。
「新しい部屋のことは心配するな。いいところをちゃんと押さえてやるからな」
そんなことしなくてもいいのに、と心の中では思ってしまう。全く、親不孝者もいいとこだ。ありがとう、と答えた後に僕は続けた。でも大丈夫だよ。友達でちょうど部屋が余って住む人がほしいって言ってる子がいるから頼んでみるよ、と。
「悪いわ、ご迷惑じゃないかしら」
いや、人の住んでいないアパートに家賃を払う方がマイナスだろ。
「心配しないで。本当に、いいやつだから」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えようかしら。私たちも準備があるし」
「後であいさつしないとな」
それは困る。
「あーいや大丈夫だと思うよ?」
「そういうわけにはいかないだろう。居候させてもらうんだから、挨拶するのが筋ってもんだ」
「ま、とりあえず話してみるよ。ご馳走様」
僕の皿はいつの間にか空になっていた。父さんと母さんのカレーは、もう冷めてしまっていた。
翌日も翌々日も、その後も、一か月後も、僕は変わらぬ生活を送っていた。
そろそろかな。
二か月たった頃、案の定両親に聞かれることになった。そのお友達に話はしたのかと。
「うん、大丈夫って言ってたよ」
「じゃあ挨拶に行こうか」
「大丈夫だよ。向こうも気を使わないでくれって言ってたし」
「いや、でも」
「本当に大丈夫だから」
「せめて住所だけでも教えてくれないか?」
「はい、ここ」
「ここって少し治安の悪いところじゃない?ほら、ヤクザの事務所の近くでしょ。」
「そんな、心配しすぎだよ」
「そうかしら。何かあったらすぐ連絡するのよ?」
はい、わかりましたと答えて自室に戻る。
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