ひとめぼれではありません

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 ラファエルがギルベルトと初めて出会ったのは、ラファエルの叔父が経営するカフェ兼バーだった。  その日は夕方から天候が崩れて、降り出した雨はあっという間に豪雨に変わった。ラファエルはその頃には既に店の中にいて、それから遅れること数分、突然の雨に対して口汚く悪態を吐きながらドアを開いたのがギルベルトだった。  黒を基調とした服も身体もすっかり濡れそぼっていて、ぽたぽたと止めどなく落ちる水滴がたちまち床に水溜まりを広げていく。にもかかわらず、構わず店内に入ろうとするギルベルトに、カウンターに座っていたラファエルはとっさに腰を浮かせた。店主(マスター)は席を外していた。 「ちょっとそこで待ってて下さい、いま拭くものを持って来ますから」 「あァ?」  ラファエルは声をかけながら椅子を降りた。ギルベルトは不機嫌さを隠さずにらみ返し、けれども、次に口を開こうとしたときには頭から真っ白なタオルを被せられていた。吸水性も良く、良い香りのする柔らかな感触(それ)にギルベルトは不覚にもほっとする。 「……細けェんだよ、こっちは客だぞ」  そんな心境を誤魔化すように吐き捨てつつも、すっかり冷えてしまった身体は微かに震えている。  ギルベルトは渋々ながらもそれを引っ掴むと、水気を孕んで重くなった外套を脱ぎ捨て、肌へと貼り付く髪や身体を拭いていった。  乱れた髪の下でシルバーのピアスがきらりと光る。そのときのギルベルトの背に、蝙蝠のような羽はなかった。
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