ひとめぼれではありません

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 ギルベルトが不機嫌だったのには理由があった。  分かりやすく言えば、自分に惚れ抜いていると思っていた彼女にあっさり振られたからだ。正直よくあることではあったものの、そのたび律儀に腹を立て、やさぐれるのがギルベルトでもあった。それと理由はもう一つ――。 「この店(ここ)は初めてですか?」  ラファエルが微笑みながら問いかけると、ギルベルトは何も言わずに店内を見渡した。どうやらそうらしい。昼はカフェ、夜はバーを営んでいるそこは、森の奥深くにある知る人ぞ知るという小さな店だった。  ギルベルトは絞れるほど水気を吸ったタオルをラファエルへと投げ返し、カウンター席のど真ん中に腰を下ろした。端に座っていたラファエルが、受け止めたタオルを手に金色の瞳を瞬かせる。  ギルベルトは不遜な態度を改めることなく、気怠げに頬杖をついていた。その横顔に思わず目を細め、ラファエルは「へぇ」と声に出さずに感嘆する。  暗がりの店内に紛れるような黒銀の髪は濡羽のようで、苛烈さを失わない同色の瞳は思いの外目を惹いた。ぴったりとした革製の衣服越しにもわかる健康そうな褐色の肌はしなやかな筋肉を纏っていて、そのわりに細めの腰が妙に艶めかしくも見えた。  そうかと言って、その瞬間に恋に落ちたというわけではない。元々惚れっぽくも一目惚れをする性質(たち)でもないラファエルは、その時はまだあくまでも客観的な感想としてそう思ったに過ぎなかった。 「何か飲みます? 叔父……マスターはちょっと外しているので、僕が用意できるものにはなりますが」 「なんでもいいから酒」  ラファエルは白金色(プラチナブロンド)の長髪を緩く掻き上げながら、「わかりました」と再度微笑んで見せた。
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