第1遊

1/1
前へ
/4ページ
次へ

第1遊

 A4サイズのスケッチブックにクレヨンで文字を書いてみた。まるで芋虫が這いずったような筆跡を読み取るのは、困難を極めるかもしれない。覚えたてだから大目に見て。 「『浮輪くれたら浮気教えてあげる』で合ってるかな?」 「かー先生色っぽいなー」 「どういう条件なの? あと何、そのおっさんっぽい反応」  僕の名前は明裏。燦発明裏だ。現在保育園で孤高の成長期を迎える年少さ。周りがバブバブ言ってる間に指パッチンと口笛をマスターして驚かせてやるんだ。 「知らないの先生? 藁しべ長者だよ。立場を利用して自分が相手よりお得なプレゼントを貰って、優位に立たせてもらうことなのに」 「いやたぶん賄賂と意味混ざってるから。物々交換でどんどん価値のある物に変わっていって、幸福になるっていう昔話でしょ。それと優位じゃなくて利益になるよう働きかけてもらうことだから」 「マジレス乙」 「このませガキめ。んで、その如何にも大人のお姉さんが言いそうな駄洒落っぽいのは何なの?」 「先生に読んでもらいたかっただけだよ。ただ、言わせるにはちょっと熟れすぎだったかな〜」 「ふぅん〜悪かったね〜アラサーおばさんで〜」  両手をピストルの形にすると僕の両頬めがけてひたすら突きまくる。やめて。醤油せんべいで荒れた口内炎に地味に効いちゃう。  ちなみに先生の名前は翠乃。世空翠乃だ。蟷螂のファイティングポーズみたいに斜めな眉毛、見た人の背筋を引き伸ばす猛烈な目つき、気だるさもにわかに残しつつ基本飄々とした感じの女性保育士だ。  そのヤンキーみ故に他の先生、保護者からは誤解を受けやすく、相手がヒートアップすれば第三者が宥めに行くという流れが通例となっている。  逆に全園児からはかまちょビームを一身に受けるくらい大人気だから不思議。大人が手に入れたモノ、手から離れないモノ、子供を退屈させる大きい壁、子供が笑顔になれる等身大の大きい仲間、なんて言ったらバチ当たりかな。 「こんなの虐待だぁ〜ピーポーピーポー、世空さん署までご同行願えますか?」 「ちょびっと頭グリグリしたくらいでピーピー言ってるようじゃ強い男にはなれないよ。それとピーポーは救急車ね」 「パトランプはどっちにも付いてるから同じだし〜」 「はいはい、屁理屈言ってないで劇の練習してきな。みんな誕生会に向けて頑張ってるから、行っといで」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加