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お母さんと私の夢
25歳になった私、名前は令菜(れいな)。
あれからすっかり大人になってしまった。
(この前までは小学生だったのにな〜)
もう一度あの頃に戻れるのなら、戻ってみたい……でも、私はもうあの頃には戻れない……。
今から会社に戻って、今日までに資料を作らないといけない。(あぁ……今夜も家に帰るのが遅くなるだろうな……)
でも、これも私の選んだ道。やることは多い。でも、やらなきゃいけない。自分のために、お金のために、生きていくために、将来のために、私の夢のために……。
でも、私の夢ってなんだっけ……?
〜〜 幼き日・小学生だった頃 〜〜
「れいちゃん〜宿題はしたのー?」
「してなーい……だってできないんだもん」
「えぇ? 音楽以外に苦手な教科なかったでしょ?」
「これ……」
令菜が手渡した宿題は『私の夢』についての作文だった。
「れいちゃん、夢、ないの……?」
「うん……ないの……」
「れいちゃん、あれは? 好きでよくいっぱい書いているじゃない! れいちゃんの物語! 作家とかになるのはどう?」
「あれは……もういい。書かない……」
お母さんは、困った表情を浮かべるが、真面目にこう答えた。
「わかったわ……。じゃあ今回の宿題はやらなくていいよ。別に今すぐに書く必要はないと思うし」
「でも、来週みんなの前で発表があるの……書かないと先生にやっぱ怒られるかな……」
「大丈夫よ。怒られたりはしないわ。そんな難しい宿題、お母さんにもすぐにできないわ。夢って、別に今は何になりたいか、すぐに答えられなくてもいいのよ。これから生きていく中で、自分が何になりたいか、少しずつわかっていくものよ。まぁ、ある程度、大人になるまでには夢を見つけられればいいんじゃない……ね?」
お母さんは、令菜に対してそう答えるも、少し後ろめたさがあった。
「うーん、わかった……」
令菜は、素直に受け止めると、自分の部屋へと戻っていった。
お母さんは、自分の部屋に戻ると、机の引き出しを開けた。中には、古くなって、角がボロボロになった紙が一枚あった。
その紙は、なんとお母さんが小学生の頃に学校から出された『私の夢』についての宿題の作文だった。
お母さんは、その宿題を悲しげに見つめた後、令菜の部屋の方を見た。
令菜の部屋の中では、令菜は宿題の紙を目の前に広げ、『私の夢』と向き合って一人考えていた。
「私の夢……私の夢……」
令菜は、今度は部屋中を見回した。
散らかった部屋には、映画のDVD、楽器の二胡、エル○ン・ジョンのCD、野球部の先輩との写真、野球のグローブ、それから好きが高じて、初めて自分で書いた女の子が主人公の物語の原稿とその絵があった。
その絵に描かれた物語の主人公の女の子は、令菜と同じ目の色をしていて、髪をふたつ結びにした大人しそうな子だった。
一瞬、その絵の女の子と目があったが、令菜はすぐさま目を逸らしてしまう。
ベッドへと移り、仰向けに寝転ぶと、令菜はため息を天井に漏らした。
「私の夢って、なんなの……」
部屋から漏れ出す令菜の声。お母さんは、さっきまでの悲しげな表情を抑えると、ペンを手に取り、昔の宿題『私の夢』の続きを書き始めた。
『 私の夢は、令菜が夢を持って幸せに生きていくことです 』
翌週の小学校。
今日は先週出された宿題『私の夢』についての作文をクラスメイトの前での発表する日。
先生が教壇に立つと、周りを見渡した。
「じゃあ『私の夢』についての作文をみんなの前で発表してもらいます。よし、じゃあ誰から発表いくかな〜まずは……」 先生と令菜の目があった。令菜はすぐさま目を逸らす……。
「おっ、じゃあ最初は……」
「はーい、はい、はーい!」
かんた君だ。
「おお! かんた、今日も元気いいな! よし、じゃあかんたの夢、聞かせてくれ」
「はい! えーと、僕の夢はありません」
「えっ……!?」
思わず拍子抜けする先生。
「おいおい、かんた、なりたい夢とかないのか?」
「はい、だってわからないんだもん」
「そ、そうか……わかった。じゃあ次いこうか」
「あの〜」
令菜が小さく手をあげた。
「今度はどうした?」
「すみません。私も宿題、書けませんでした……」
「えぇ! そうか……困ったな。ほかできてない人いたら手をあげて」
宿題が出来ていなかったのは、かんた君と令菜の二人だけだった。
令菜は家に帰ると、宿題の紙を机の引き出しの奥の方へと押し込んだ。
(夢……ほんとはあったんだよ……)
令菜は、机の隅っこに置かれた自作の物語の原稿とその絵を、涙を堪えるように、ただ虚しく悲しげに見つめた。
令菜がその物語を書くきっかけとなったのは、元々お母さんから毎晩寝る前にたくさんの絵本や児童書を読んでもらっていたこと。そして、たくさんの物語たちと触れていくうちに、自分でも何か新しい物語を頭の中で想像して描いていくことが、とにかく楽しくて楽しくて好きだったのだ。
書き方は、これまで読んできたたくさんの本たちを参考に、興味を持って一から勉強し、とにかくたくさん読んで書き続けた。
そして、かなりの月日をかけ、初めて書きあがった自信作は、目標にしていたコンテストに応募した。
令菜は、今まで何も取り柄がなかった。自分に自信を持つことができずにいた。
でも、何もないところから、初めて自分一人で物語を想像し、描き通したことは、令菜にとって初めての成功体験で、その価値ある経験を通して、初めて自分に一つ取り柄ができ、そして初めて自分に自信をつけることができたのだ。
「私、将来、作家になりたい!それが私の夢!」
だが、結果は一次選考で落選だった。
あんなに一生懸命頑張ったのに……。
あんなに時間を費やしたのに……。
初めて自分に自信や希望を持てたのに……。
私、初めて夢を持てたのに……。
その反動は幼き日の令菜にとって、とても大きかった。そのことがきっかけで、令菜はひどく自信を失い、いつしか夢も失ってしまった……。
== == 現在 == ==
夕日が向こう側へどんどん先をいく。令菜も同じ方向へ、ただただ会社に戻るために歩いた。時々、ため息が出る。足取りも重い。気づけばいつも下ばっかり向いて歩いている。
令菜は今の仕事がそれほど好きではない。心の中では辞めたいと常に思っている。でも、勇気もなく怖くて辞めることができずにいる。自分でも何が好きで、何をやっていけばいいのか、ずっとわからないでいる。
駅前の宣伝モニターには、今、この街を騒がせている若い女性を狙ったストーカーのニュースで持ちきりだ。
ここ近年、世界的にコロナウイルス感染症拡大、更には外国の戦争による物価高により、この国は不景気で大荒れ。国内の都市部では犯罪の数も増加している。
「はぁ……怖いな〜」
令菜が働いている会社は、大きな都市の駅の裏手にある臨海部に広がる工業地帯にある。駅からは徒歩30分の立地。まだ少し歩かねば……。
駅から歩き続け、工業地帯に入ると、気づけば周りの人気もなくなり、薄暗い道を一人で歩いていた。
今日はいつもより異様に港風が冷たい。なんだかよくないことが起きそうで怖い……。さっきのストーカーのニュースによる幻影がまるで跡をつけてきているかのように、脳裏からその恐怖が離れない。
恐怖心、心配、寂しさからか、急に誰かに電話をかけたくなった。
「そうだ、お母さんにかけよう!」
令菜は、お母さんへ電話したが、通じない。
「あれ? いつもはすぐ繋がるのに、なんでこういう時に限って……」
令菜は、携帯電話の連絡帳を開き、他に電話できそうな相手を探す。
「あれ? かんた君の番号がなぜだか登録されている……いつ登録したっけ?」
(あっ!)
令菜は間違えて発信ボタンを押し、かんた君に電話をかけてしまった。
(あちゃーどうしよう……完全に間違えた。なんて言おう……)
「お! もしもし! 令菜じゃん、久しぶりだな!」
(うわ、こういう時に限ってすぐに繋がる……)
「か、かんた君。久しぶり……」
「おーう、急に電話かかってきてびっくりしたわ! 元気か?」
「う、うん! 元気元気」
昔は幼稚でやんちゃ者で、私のことをバカにしていたあのかんた君が、電話越しではあるが、久しぶりに話すとなんだか物凄く大人になったな〜と感じる。
「かんた君って、今何をしているんだっけ?」
「ん? 知らないの? 今、俺、ラッパーやってる!」
「えっ!? ラッパー??」
何かの冗談かと思ったが、本当にそうらしい。
「で、でも、なんでまたラッパーなんかになったの?」
「俺、高校の時にラップと出会って、それからどハマりしてさ!」
「そ、そうなんだ。でも、なんか凄いじゃん」
「まぁ、親も友達も、周りはこぞって俺のやろうとすることをバカにしてくるけどな。『そんな夢、辞めたほうがいいよ』とか、『そんなの成功するのはほんの一握りの人間だけ』とか、『ラップじゃ食っていけないよ』とか……」
「かんた君は、ラッパーになるのが夢だったの?」
「うん! でも、俺って昔からバカだし、親や友達からも見放されているし、彼女も金もないし、何もないけどよ……でも、そこで初めて自分が永遠に好きでい続けられるモノを見つけられた気がしてさ。後悔もしたくないし、自分の好きなラップで勝負したいと思ったんだ! もしかしてこれが俺の夢かなって思ったんだ……」
真剣に話すかんた君の話を、私もなんだか真剣に聞き入っていた。
「なんか久しぶりに話せて元気出た! 私も何かやらなきゃ、って思えたよ。かんた君、ありがとう」
「おう、こっちも久しぶりに同級生と話せてよかったよ」
かんた君は、やはり大人に成長していた。
「YO! 俺はMCかーんた、俺にとってラップ朝飯前かんたーんだ! 今日は俺に電話くれてありがとよれーいな、俺はお前も応援してる頑張れーいな! 頑張れーいな! お前も夢諦めーんな!」
かんた君と久しぶりに話せてよかった。
「頑張れーいな。頑張れーいな。お前も夢諦めーんな♪」
令菜は、かんた君からの励ましのラップを思わず口ずさんでしまう。
でも、その後またしばらく考えていた」。自分の夢のことを……。
夕日が水平線の彼方へとだんだん落ちていき、陽の光もだんだんと落ちていく。
考え事をしながら一人道を進み続ける令菜に、背後からだんだんと跡をつける人影の姿……。
跡をつける人影は、令菜を遠くからただじーっと見つめていた。
一方、そんなことは知らず、未だ考え事をしていて周りに気がいっていない令菜。
(はぁ〜、夢かぁ……)
令菜は、再び携帯電話の電話帳を見始めた。
「お母さん、そろそろ繋がるかな……」
令菜は、お母さんに電話をかけた。しかし、出なかった。
「お母さん、何してんのかな〜」
令菜は、再び携帯電話の電話帳を見返す。
「あっ……ともかず先輩……(電話かけたいなぁ。でも、かけちゃまずいかなぁ……でも、かけたいなぁ……)」
ともかずは、令菜が小・中学校の時に入っていた野球部の一つ上の憧れの先輩だ。
当時、女の子で野球をしている令菜のことを、学校の周りの子たちやチームメイトは変に思っていたが、ともかずはその最初の理解者であり、そのような状況から令菜を救ってくれたのだった。それ以来、令菜はともかずのことが好きで、人として尊敬している。
そうこうしているうちに、また同じ過ちを繰り返してしまっていた。
「ん? れいな? おーい、もしもし……?」
「きゃ! ごめんなさい、間違えてかけてしまいました……(やばい)」
「あ、そうなんだ。いや別に俺は全然いいんだけど。てか久しぶりだね! 令菜って今何してるんだっけ?」
「えっ……私? い、いや、ただの会社員してます……先輩は今何をされているんですか?」
「ん? 俺も会社員やっているよ。それと……」
ともかずの電話の奥では、赤ちゃんの泣き声がしている。
(あっ……先輩、もう結婚してて、子供もいるのか〜)
「それと、結婚して、去年息子が生まれたんだよ」
(やっぱりそうか……)
「やっぱりそうか……」
「ん? やっぱり?」
心の声がそのまま漏れ出てしまった。
「あ! いやいや、そうだったんですね! おめでとうございます!」
(泣)
その後も電話は続き。
「でも、先輩がとても羨ましいです。なんか仕事も家庭も順風満帆で、幸せそうで〜」
「うーん……でも、最近ね、なんか仕事やめようかなって思っててね」
「えっ……なんでなんですか? 仕事、順調じゃないんですか?」
「いや、別に嫌いじゃないし、順調なんだけど……。最近、色々と気付かされたことがあって……」
「気付かされたこと、ですか?」
「うん。この間、実家に帰った時、お母さんに初めてご飯を作ったんだ。料理作るのは好きだったんだけど、基本家では専業主婦の奥さんが料理は作るし、今まで特に誰かに料理を振る舞うなんてことなくって。 そこで初めてお母さんのためにご飯を作ったら、お母さん本当に美味しそうに食べてくれて……。その瞬間が、なんか自分の中で凄く嬉しくて……。またこの微かな瞬間のために、心を込めて作りたいな〜って、そう思えてさ」
ともかずの熱い話に、令菜の心も熱く胸を打つものがあった。
「だから、俺、料理人になりたいんだ! 今まで夢とか特になくて、ただただお父さんのレールになんとなく従って社会に出たけど、俺の夢って、もしかしてこれなんじゃないかなって! これがやりたいんじゃないかなって思ったんだ!」
「でも、先輩、怖さとかないんですか? 今の仕事辞めて、成功するかわからない夢に挑戦するなんて。しかも、奥さんもお子さんもいらっしゃって……ごめんなさい、こんなこと言ってしっまって……」
「もちろん怖いよ。正直凄く怖い……。でも、奥さんともちゃんと話し合って、彼女も支えてくれるし、俺の夢を一緒に応援するって言ってくれて、今ではそれが夫婦の夢へと変わったんだ! 成功なんてそんな誰もわかんないけど、でも、今は新しいことに対して挑戦することを俺も奥さんも凄くワクワクしてきているんだよね!」
その後、ともかずと話を終え、また新たな刺激をもらった令菜。
気づけば、令菜の勤めている会社の目の前まで来ていた。
辺りはもうだいぶ暗くなってしまっている。
しばらく、会社の前に考え事をしながら立ち尽くす令菜。
すると、すぐ後ろの方で、今微かに誰かが物陰に隠れようと移動したのがわかった。暗闇で一瞬ではあったが、その人影の姿を私ははっきりと見てしまった……。
その正体は、想像とは違う……意外な、驚くべき人物……。
暗闇は、どんどん濃さを増していく。
令菜の跡を追ってきたあそこに隠れている人影の正体は、一体誰なのか。あれがもしやこの街を騒がせているストーカーなのか。
(でも……なんかそんな感じでもない気がする……。だって今、私が見たその人影の正体は、どこか見覚えのある、髪をふたつ結びにした、大人しそうな、私と同じ色の目をした小さな女の子のように見えたから)
それよりもさっきから脳裏にある一つの物語が呼び起こされている。あの頃、ご飯を食べるのも眠るのも忘れるくらい夢中になって一生懸命に書いていた楽しい記憶と共に。
それはまるで夢を見ているかのような、不思議な世界が今、暗闇を切り裂き、解き放たれていくように目の前に広がり続けていく。上を見上げるとその世界を唯一照らす一番星が見えていた。
その時、電話の着信が急になった。お母さんからだった。
あたりは暗闇に戻された。目の前には会社。
とりあえず、お母さんからの電話に出る。
「もしもし、お母さん?」
「あ、もしもし令菜? ごめんね、電話でれなくって。今日は久しぶりに映画を見ていたのよ。だから電話出れなかったわ」
「へー、そうなんだ」
「ところでなんか用事だった? 2回もかけてきてたけど」
「うんうん。もういいの。大丈夫だから」
「あら、そう……」
「ねぇ……お母さん……」
「なーに、令ちゃん?」
「いや……やっぱり……何でもない……」
「何か不安なことでもあるの?」
「うーん……正直言うと……ある……でも……」
令菜は、この先、どの方角へ進んでいけばいいのかわからずにいた。このままの方角か。それとも自分の本心のまま、一番星が照らす方角か。
正直今、私はこっちの方角へと転換し、気持ちのまま追い求めて進んでいきたいが、でもやはり自信が持てない。進んでいく勇気が出ない。
すると、お母さんは、電話の向こうでひたすら自分と葛藤し続け、なかなか言葉にして言い出せずにいる令菜に向かって優しく、こう言葉をかけた。
「令ちゃんなら大丈夫。安心して。明日には明日の風が吹くから。思い切ってみなさい」
お母さんの言葉って、相変わらず女神のように、優しく明るく前向きに私を救い出してくれる。やはり凄い力がある。我が子のことを一番理解してくれるのはいつもお母さん。へその緒は切られても、永遠に切れることのないこのかけがえのない特別な親子という関係。
(また、お母さんに救われた。今度は私がお母さんを救ってあげたい)
あの日、お母さんの机の中にあった古びた宿題『私の夢』についての作文を見つけてしまった。
そこにはこう書かれていた。
『 私の夢は、令菜が夢を持って幸せに生きていくことです 』
(私は、ただただ悲しく、やるせなかった……その作文を見つけた日が、私が好きだった作家の夢を諦めた日だったから……)
後から書き足されたペンの色が違うお母さんの字。
それを見れば、お母さんも同じく、未だ夢を見つけ切れていなかったのがわかる。でも、我が子の葛藤を影で見守るうちに、その希望がお母さんの夢へと変わっていったのだ。
お母さんの夢は、令菜の夢。
(明日には明日の風が吹く。私、思い切ってみるよ。お母さん)
「……お母さん、ありがとね!」
令菜は、会社に背を向け、走り出した。
「お母さん、それと急なんだけどさ……」
目の前に照らされた道をひたすら、ひたすら、ひたすらあの一番星に向かって走り出す令菜。
物陰に隠れていた女の子は、もう消えていなくなっていた。悩んでいた令菜を見て、ずっと跡を追いかけてきたんだ……夢が。
「(ハァハァ)お母さん、聞こえてる?」
「聞こえているわよ。何、今走っているの?」
「そう、そう!」
令菜は足を止めない。ひたすら走り続ける。
「お母さん、私、明日、熊本に帰ってきてもいい?」
「えっ、明日? 仕事は行かなくていいの?」
「うん、明日! いいのいいの、大丈夫!」
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫! だって明日には明日の風が吹くじゃない」
電話の先で、お母さんは微笑み返した。
翌日。
令菜は故郷・熊本へ。
そして、久しぶりにお母さんの待つ家に帰ってきた。
「お母さん、ただいま」
お母さんがやって来ると、令菜を温かく抱きしめて出迎えてくれた。
「令菜、お帰りなさい」
お母さんの温もり、優しさ。肌で直に感じるとよりその想いが伝わってくる。
「お母さん、心配かけてごめんね」
「うんうん、大丈夫よ。共に頑張っていきましょ」
令菜は、お母さんの胸の中でただただ泣いた。
お母さんは、令菜の抱えていた想いをこぼさないように、優しく全てを受け止めた。
「お母さん……ありがとう……」
令菜は、自分の部屋に行った。
部屋の匂いは、懐かしいあの頃のままだ。
キレイになった部屋を懐かしげに見渡す令菜。
映画のDVD、楽器の二胡、エル○ン・ジョンのCD、ともかず先輩との写真、野球のグローブ、それから好きが高じて、初めて自分で書いた物語の原稿とその物語の主人公で、私と同じ目の色をした女の子の絵があった。
そして、令菜は机の引き出しを開け、奥を覗いた。
クシャクシャになった一枚の紙。それを丁寧に広げると、紙にはこう書いてあった。
『 私の夢は、 』
令菜は、ペンを手に取ると、迷いなく、力強く、続けてこう書き出した。
『 私の夢は、作家になってお母さんを幸せにすることです 』
(終)
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