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すべては半年ほどまで遡る。
シャーリーはその時、まだ“シャーリー”ではなかった。何故ならば、自分はもともとこの世界の住人ではなかったのだから。
『うおおおおおおおおおおおおおん!推しが、推しが死んだ!なんでやああああああああああ!ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
しがないOL、町田優子二十八歳は酔っぱらって叫んでいた。夜の駅で。他の通行人たちにドン引きされながら。
優子はプレイしていた乙女ゲームをやりこんで、全ルートを制覇したばかりだった。
乙女ゲームの名前は『婚約破棄された悪役令嬢はなぜか王子様に溺愛されて幸せになっちゃいます!』。異世界転生した悪役令嬢が死亡フラグを回避しようと頑張ったら、イケメン王子様が現れて溺愛されてハッピーエンドになっちゃうというお話だ。一応バッドエンドも用意されてはいるが、殆どが主人公の悪役令嬢に都合の良い展開となり、ストレスなくハッピーエンドを楽しむことができるという代物である。
今大流行している悪役令嬢ものの中でもよくあるパターン。婚約者に婚約破棄されるけれど、当の悪役令嬢は断罪展開を免れてもっと格上の王子様に愛されて幸せになるというアレ。それは別にいい。最近の若い人は辛い現実から逃れるため、ストレスなく楽しむことができるハッピーな物語を好む傾向にあるからだ。
優子もそういう話は嫌いではない。自分の場合は、試練があって努力して乗り越える熱血友情モノ!なんかも大好きではあるが、この話にそういうものは期待していなかったからだ。
そもそも、普段なら乙女ゲームはそんなにプレイする方でもない。勇者がパーティを組んで、仲間と協力して魔王を討つ!みたいなRPGの方が好んでプレイすることが多い。それでもこのゲームを購入した理由は単純明快、イラストが美麗だったことと――その美麗なパッケージの中に描かれていた、とあるキャラクターに一目惚れしたからだ。
そう、そのキャラクターの名こそ、ジル・シロフォン。
つい先ほど冒頭のシーンで、悪役令嬢をまさに婚約破棄しようとしていた“婚約者”である。
実のところ、悪役令嬢モノの話では悪役令嬢本人より、婚約者の方が不遇なポジションに置かれることが少なくないのだ。何故なら、大抵彼らは悪役令嬢の代わりにとんでもない不幸を押し付けられることになるのだから。
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