<1・Event>

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「いい加減にしてくれ」  長い銀髪が、窓から差し込んできた光でキラキラと輝いている。相変わらず美しい。その宝石のような紫色の瞳も含めて。  しかし今、彼の白皙の美貌は怒りに染まっている。目の前に立つ、黒髪に赤い瞳の令嬢を睨みつけながら。  青年の名は、シロフォン伯爵家長男、ジル・シロフォン。  令嬢の名は、バスーン伯爵家の次女、マリー・バスーン。  それを見つめる自分は、シロフォン伯爵家のメイドにして護衛――シャーリー・クラリネット。  シャーリーは知っていた。今からこの広間で、多くの貴族たちが集まる社交界の場で、何が起ころうとしているのかを。 「マリー。君の悪行は聞いた。最初はただの噂かもしれないと思った。誰かが君の評判を貶めようと、いじめをでっちあげているのではないかと。でも違った。私自身の目でも現実を見てしまった。君が、自分の欲望のためならば平気でメイドたちを、学園の仲間たちを、いじめてウサを晴らすような人間であることを」 「……ふん。何を偉そうに。貴族が自分より下の身分の者達をコキ使って何が悪いというの?みんなやってることじゃない。あたくしに限ったことではありませんわ」 「反省も後悔もないと?」 「ええ、もちろん。むしろ、あたくしだけをこのような衆人環視の元辱めるなんて、貴方こそ何様のつもりなのかしら?」  二人はバチバチと火花が散りそうなほど睨み合っている。シャーリーはそんな二人を見て、ひとりパニック状態に陥っていた。  この場面だけは、なんとしてでも避けなければいけなかった。この日だけは迎えないようにと、方々に手を尽くしてきたつもりだった。それなのに、どうしてこんなことになってしまうのだろう。 ――どうしよう……どうしようどうしようどうしようどうしよう!  自分は知っている。今まさに、ジルが、悪役令嬢であるマリーを“婚約破棄”しようとしていることを。マリーの数々の悪行を思えば、愛想を尽かすこと自体は当然だ。しかし。 ――駄目です……ジル様!それだけは絶対駄目!  シャーリーは泣きたい気持ちでいっぱいだった。何故ならば。 ――婚約破棄したら最後……貴方は断罪されて、処刑されてしまう!  自分は知っているからだ。  この物語の先に、愛する人がどんな残酷な末路を迎えるのかを。  そしてこの婚約破棄が避けられなかったのは、己にも原因があるということを。
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