1.肝試し

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1.肝試し

 人魂なんて本当にあるのだろうか。  渡された靴下と釣り竿とサイリウムを見下ろし、僕は顔をしかめる。 「茜先輩、お化け役ったってこれは……」 「いやそこそこ怖いと思うよ? 藪の中からふわわあって人魂出てきたら!」 「にしたってもっとこう……」 「とにかく! 時間ないから行って!」  頼んだからね、と茜先輩は僕の背中をどんと押す。強引な手に急き立てられ、僕は闇に沈む森の中へと足を踏み入れた。  一ノ瀬大学弓道サークルでは夏季休暇の最後の週に三日間の合宿がある。とはいえ、楽しく弓を引こうがモットーであるために練習はきつくない。まあ、合宿という名の旅行のようなものだ。  だからこんな子供じみた催しもある。 「肝試しとかばかばかしすぎるだろう」  そう零した僕はそこでふっと足を止める。  ぽうっと光が見えた。  街灯など当然ない森の中。明かりといえば手にした懐中電灯だけの場所で、小さな光が僕を誘うように明滅を繰り返している。 ──この辺りはね、昔、戦場だったの。 ──幾千もの武者が命を落として。 ──その魂は今もこの森を……。  練習中、ふざけた調子で茜先輩が語った怪談が耳に蘇る。  そんなわけはない。今の時代に武者の霊などいるわけがない。  必死に否定しようとする僕の鼻先をふわり、と甘い香りがなぞった。
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