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謎の影
宇宙空間は、ほぼ真空である。
そして惑星の大きさは想像を絶するスケールだ。
壁を蹴って船外に出た三星は手すりを頼りに推進装置へ回り込む。
何度も繰り返した手順で電気系統のカバーを外した。
赤、青、黄、緑など色分けされたケーブルがうねり、整然と並ぶポートに小さな光が見える。
一本ずつ異状がないか丁寧に辿っていく。
固唾を飲んでカメラの映像を見守っていた天城は、ふと三星の後ろにあった星が数個消えている気がした。
「ホシさん、後ろに影があるように見えるのですが」
手を止めた三星が身体ごと反転して宇宙空間に目を凝らした。
「土星の方です」
確かに、星空が欠けている。
欠けた部分が段々と広がっていく。
つまり、何かが近づいてきているのだ。
「投光器で照らせ」
鋭く言うと影が赤黒く浮かび上がった。
紐のような長い触手と、足をたくさん伸ばしている。
何本かをこちらへ向けて、ゆらゆらと靡かせながら真っ直ぐに近づいてくる。
「一度船内に戻ってください」
天城の声が震えている。
重力があれば腰を抜かして座り込んでいたかも知れない。
胃袋が縮みあがり、呼吸が浅く速くなった。
心臓が早鉦のようにうるさくなる。
後ろ手に手すりを掴み、視線は宇宙人に釘付けになった。
近づいてくると、長い触手の先に鎌のように曲がった爪も見えてきた。
鋭く大きな牙が丸く口元に濡れた光を放っていた。
ああ、俺はあの口で手足を食いちぎられて、なぶり殺しになるのか。
恐ろしさのあまり手足に力が入り、身体が一本の棒のようになった。
「南無阿弥陀仏」
宇宙人は、数十メートル先まで迫ってきた。
そしてふと、視線をタイタンに移した。
つられて三星もタイタンを見る。
「タ・ラム ───」
宇宙人の声だろうか。
聞こえる、というより直接脳に語りかけるようだった。
「タラム ───」
オウム返しに呟いた。
「三星さん、今の聞こえましたか」
「ああ、お前もか」
地球に残してきた娘の顔が、ふと浮かんだ。
「ソラ、もし地球に帰れたら、娘にメッセージを伝えてくれ。
父さんは人類史上初めて宇宙人に遭遇し、人類の未来のために犠牲になったと ───」
目を細めたタラムは、さらに近づいてきた。
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