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酔って足元がふらつくのを本田が気遣ってくれて、徒歩ではなく、二人でタクシーに乗ってマンションに向かった。
その車中、本田が一度も目も合わせてくれない上、何も言ってくれないのがすごく居心地が悪く、話したいことはたくさんあるのにこちらからも何も言えなかった。
頭の中に浮かぶのは反省と不安に満ちた言葉ばかり。
お仕事の邪魔をしてごめんなさい。
男の人とお酒を飲みになんて行ってごめんなさい。
迷惑をかけてごめんなさい。
嫌わないで……。
……あぁでも、もしかしたら、お仕事の邪魔をしてしまったことを不快に思ってるだけで、川上さんのことは別に何とも思ってないのかもしれないな。
だってこの人は全然崩れてはくれないのだから。
そう思ったら余計に言葉が出なくなった。
マンションの前でタクシーを降りると、こちらを見ないままの本田に問われる。
「アルコールで気分が悪くなってはいませんか?」
こんな状況でも落ち着き払って気遣ってくれる本田に、喜びではなく寂しさで胸がズキズキ痛んだ。
「はい……大丈夫です」
「ではこのまま家まで車で送ります」
「あの、待ってください。本田さんはすぐに神戸に戻るんですか?」
「いいえ。さすがに新幹線の最終時刻には間に合いませんので、明日の朝一で戻ることにしました」
あ……やっぱりお仕事の邪魔をしちゃったんだ……。
「私のせいで……本当にごめんなさい」
「問題ありません。先ほど志艶さんに『仕事が長引いたことにしてください』とお願いしておきましたから、神戸の方は問題ないでしょう。車を取ってくるので、こちらでお待ちください」
無表情で目を合わせないまま本田はそう告げると、背を向けてマンションの駐車場に向かって歩き始めた。
……えっ、こんな気まずいまま帰るの? やだ……やだ!
慌てて追いかけて、本田が着ているスーツの袖をキュッと掴んで引き止めた。
「本田さん!」
本田は足を止めて、横顔が見える程度に振り返る。
「何です?」
「あの……まだ帰りたくないです」
そう伝えると、本田がようやくこちらを向いたのだが……目が合った途端、思わずビクッと肩が震えた。
向けられた瞳はこれまでに見たことのない様相で、これ以上声を出すのを躊躇うほど冷たさを滲ませるものだった。
……本田さんがすごく怒ってる。
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