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何が起きたのかきちんと頭を整理できないまま、ポツンと一人、ただ呆然と玄関にしばらく佇んでいた。
本田が怒った。
全然崩れてはくれないと思っていた本田が崩れたんだ。
しかも一気に。あんなにも唐突に。
怖かった……。
少しでも妬いてくれたら嬉しい――
そんな浅はかな期待から、頭を冷やす時間がほしいと言っていた本田に冷却期間を与えず、煽ったのは自分。優しくなんてできないと警告してくれた本田を、大した覚悟もなく受け入れたのも自分。
それなのに結局寂しくなって苦しくなって怖気づいて、受け止め切れずに本田の前で泣いた自分はなんて卑怯で身勝手なのだろう。
怒った本田を見て満足? 彼を崩せて心は満たされた?
答えは迷いなんて一つもないほど『否』だ。
正直言って、彼を崩したい気持ちに変わりはない。でも、こんな形を望んだわけではない。
帰って、と言われた。お願いですから、と言われた。
……そうだよね。これ以上怒らせたら、嫌われて取り返しがつかなくなるかもしれない。だから帰ろう……
――なんて一瞬でもそう思った自分の能天気さに呆れた。
もうすでに取り返しがつかなくなってるよね……。バカだな、私。本田が妬いてくれてることを喜んだ自分への天罰だろうか。
涙と自嘲の笑みをこぼしながら玄関ドアに手をかけると、手に握られた紙幣がクシャッと音を立てる。こんな時なのに、こんな自分の、こんなことにまできちんと気を配ってくれる本田の気遣いを思うと胸が痛い。一体どんな気持ちで……。
――そう思ってハッとした。
『こんな僕のそばにはいない方がいい』
あの時の本田の手はすごく冷たかった。それに……こんな僕?
徐々に働くようになってきた頭の中に湧いてきたそれは、正しい方向へ進む道か、間違った方向へ進む道か、そんなことはわからない。
きっと普通なら今は大人しく帰るべき。でも確かめずにいられない。
だって、これを渡してくれた時の彼の吐く息は震えてた。声も震えてた。
表情はあまり見えなかったけど……あれは本当に怒りの感情だけだった?
本田という人は、想像していたよりもさらに優しい人なんだ。
だからもしかして――
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