第二章 俳優への一歩

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(計画成功か? けど、義叔父さんが絡むなんて想定外だ……)    幸い友介は、名前を聞いても、小田桐ホールディングスとは結び付けていないようだ。だが、友介が瑞紀について、あれこれ喋り出したらまずい。もろもろの経歴詐称が、聖にバレてしまうではないか。 「それは、それは。こちらこそ、はじめまして。村越(むらこし)といいます」  友介が、丁重に頭を下げる。瑞紀は、仕方なく彼を聖に紹介することにした。 「聖さん。こちらは、僕の叔母の旦那さんです。ずいぶんお世話になったんですよ」  当たり障り無く語った後、瑞紀は友介の方に向き直った。 「義叔父さん。退屈なのはわかりますが、あまり無理をされない方がいいですよ。面会手続をしたら、すぐに病室へ伺いますから、先に戻っていてもらえませんか?」  一刻も早く友介を追い払おうとした瑞紀だったが、友介は頑強にかぶりを振った。 「せっかく、瑞紀くんがパートナーを連れて来てくれたんだ。三人で話そうじゃないか。病室に大勢客が来ると、他の患者さんに迷惑だから、すぐそこの休憩所へ行こう。あそこなら、気兼ねなく話ができる」 「でも……」  瑞紀は、チラと聖を見た。断ってくれることを切に期待したが、聖はにこやかに微笑んだ。 「ええ、是非。瑞紀さんのお身内と話ができるなんて、楽しみです」  瑞紀は、盛大なため息をつきたくなったのだった。  休憩所に着くと、聖は三人分の飲み物を買って来ると言って、その場を離れた。その隙に、瑞紀は友介に言った。 「あのさ、来て早々、何だけど。実は僕、自分のことを彼にあまり話していなくてさ。タイミングを見て言うつもりだから、今は内緒にしておいてくれるかな。ほら、大学に行かずに就職したこととか」  『メイト・エージェント』での瑞紀の経歴は、大学卒業後に中学教師となったことになっている。最低限、それだけは口止めしたかった。 「そうか? わかった」  幸いにも、友介はあっさり了承してくれた。 「それから……」  他にも色々釘を刺そうとした瑞紀だったが、それよりも早く聖が戻って来てしまった。 「お待たせしました。こちらでよかったかな?」  聖は、友介にはミネラルウォーターを、瑞紀にはホットコーヒーを手渡した。前回、カフェで頼んだ銘柄と同じだ。よく覚えていたな、と瑞紀は感心した。 (いや、今はそれどこどろじゃねえ……) 「義叔父さん。お加減はいかがですか」  友介が余計なことを喋り出す前に、瑞紀は彼に話題を振った。 「心配いらんよ。どうせ美恵子(みえこ)が大げさに言ったんだろう」  友介は、妻のことをそんな風に言った。 「しかし、おかげで瑞紀くんがこうして来てくれたんだから、あいつも役に立ったかな。二人で、よく話していたんだよ。うちを出てから、瑞紀くんはどうしてるのかねえって」  舌打ちしたくなった。案の定、聖がおやという表情で瑞紀を見る。瑞紀は、仕方なく説明した。 「高校時代、叔母夫妻の家にお世話になっていたんですよ」  最小限の説明をしつつ、もう喋るな、と友介にアイコンタクトを取る。通じたのかは不明だが、友介はそれ以上過去について語ることは無く、代わりにしみじみとつぶやいた。 「だから、瑞紀くんが幸せにしているようで、安心したよ。小田桐さん、優しそうな方じゃないか」 「ええ、とても。僕にはもったいないくらいの人です」  聖から言い出した以上、調子を合わせてもいいだろう。瑞紀は、すかさず強調した。そうかそうか、と友介が微笑む。 「美恵子に今度話してやろう。きっと喜ぶよ。……ああ、壮介にもな」  壮介の名前が出た瞬間、瑞紀は顔が強張るのを感じた。それを隠して、瑞紀は尋ねた。 「壮介さん、お元気ですか」 「おかげさんで、頑張って働いているようだよ。結婚の気配は無いけどな。瑞紀くんにパートナーができたと聞いたら、喜ぶだろう。いつも瑞紀くんのことを気にしていたからなあ。またうちに遊びに来ればいいのにって」  冷房が効いているわけでも無いのに、腕に鳥肌が立つ気がした。義叔父は、相変わらず何も気付いていない。壮介が目論んでいるのは、瑞紀を呼び寄せて弄ぶことだ。まだ独身なら、なおさらだろう……。 「ああ、壮介ってのは、うちの息子です」 ふと気付いたらしく、友介は聖に向かって説明した。 「瑞紀くんより二つ上でね。一緒に暮らしていた頃は、とても仲が良かった。兄弟みたいなものだな」  ふうん、と聖はうなずいた。 「その息子さんも、オメガなんですか」 「いや? アルファですが」   そうですか、と答えると、聖はそれきり押し黙った。
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