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それをいいことに、瑞紀は声を張り上げた。
「義叔父さん、本当に、部屋へ戻られた方がいいんじゃないですか。長い間体を起こしていると、体力を消耗しますよ」
「やれやれ、美恵子みたいなことを言うなあ」
苦笑いしつつも、友介はようやく腰を上げた。そこへ、看護師が通りかかった。
「あら村越さん、こんな所にいたの? 検査があるって言ったでしょう」
友介が、しまったという顔をする。
「身内が見舞いに来てくれたもので、つい……。瑞紀くん、小田桐さん、悪いけれどこれで。検査、時間がかかると思うから」
「いえ。また来ますから」
内心ほっとしつつ、瑞紀は看護師に、持参した花を託した。
「すみませんが、病室へ届けてもらえますか?」
「はい、もちろん。じゃあ村越さん、行きますよ」
テキパキと答えると、看護師は友介を誘導しようとする。すると友介は、ふとこちらを振り返った。
「そういえば瑞紀くん、養成所へは行ったのかい。ほら、通いたいって言っていたじゃないか」
ドキリとした。就職して金を貯めたらチャレンジしたい、と昔漏らしたことを、義叔父は覚えていたらしかった。
「いえ。今にして思えば、若い頃の幼稚な夢だったと思いますよ」
かぶりを振ったが、友介は残念そうな顔をした。
「幼稚、かねえ。演技をしている時の瑞紀くんは、本当にイキイキしていたけれど」
高校の文化祭に、叔母夫妻は欠かさず来てくれた。瑞紀が演じた劇も観てくれたものだ。
「生きている間に、もう一度瑞紀くんの演技を観たかったんだけどねえ」
「村越さんてば、変なことを言わないの」
看護師が、顔をしかめてたしなめる。冗談だと笑いながら、友介は彼女に連れられて去って行った。瑞紀は、その後ろ姿から目を離せずにいた。友介の最後の一言は、瑞紀の胸に深く刺さったのだった。
その後、瑞紀と聖は、二人でエレベーターに乗り込んだ。すると、聖がぽつりと言った。
「優しい義叔父さんですね」
「ええ……」
「その義叔父さんの願いを叶えてあげようとは、思わないんですか」
「まさか……、この前仰っていた、養成所のことですか?」
ええ、と聖はうなずいた。
「瑞紀さんだって、本当は考えていたんでしょう?」
「さっきの話ですか。世間知らずの高校生が、わけもわからずに口走っただけのことですよ。お恥ずかしいです」
会話を切り上げようとした瑞紀だったが、聖はさらに言い募った。
「義叔父さんは、瑞紀さんの才能を認めてらっしゃるから、ああ仰ったんじゃないですか。それに、この前も申し上げましたが、僕も瑞紀さんには素質があると思っています」
真剣な眼差しで見つめられ、瑞紀の心は揺れ始めた。
「けれど……。今から養成所に入ったところで、デビューできるとは限らないでしょう。仮にできたとしても、それまでには相当の年月がかかるはず。正直、義叔父がそれまで……」
途中で瑞紀ははたと口を閉ざしたが、聖は悟ったようだった。
「プロとしての活躍を見せるのに間に合わなくても、いいじゃないですか。養成所に入って、瑞紀さんが夢に向かってイキイキと頑張っている、それだけで彼は喜ぶと思いますよ」
「それだけで……?」
ふと、高校時代が蘇った。実の息子同様に、瑞紀を可愛がってくれた叔母と義叔父。二人は、瑞紀が演じた劇を、心から楽しそうに観てくれた。それを思い出して、瑞紀の胸は熱くなった。
「……受けるだけ、受けてみましょうか、オーディション」
ぽつりとつぶやけば、聖は満足そうに微笑んだ。
「応援しますよ。ま、僕の勘では、瑞紀さんはきっと合格しますね」
聖は鞄から手帳を取り出すと、サラサラと何か書き付けた。
「養成所の社長に、連絡しておきましょう。日時が決まったら、お知らせします」
「あの」
瑞紀は、ふと気付いたた。これは、聖との距離を縮めるチャンスでもあるではないか。
「そのオーディションて、聖さんも付き添ってくださるんですか」
一瞬沈黙した後、聖はかぶりを振った。
「いえ。一人で行ってください」
「あ、すみません。お忙しいですもんね」
「そうではなくて」
聖は、手帳をパタンと閉じると、瑞紀を見つめた。その表情は読み取れなかった。
「率直に申し上げて、今後あなたとお会いするつもりは無いんです。養成所の件は責任を持って手配しますが、関わるのはそれが最後と思っていただきたい」
瑞紀は、耳を疑った。
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