第二章 俳優への一歩

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「どうして……? それに、さっきは……」  自分は、何か聖の機嫌を損ねることをしただろうか。仮にしたとして、だったらなぜ、友介の前でパートナー宣言などするのだ。すると聖は、少し顔をゆがめた。 「誤解させるような言動を取って、申し訳ない。義叔父さんにああ申し上げたのは、失礼だが、彼がもう永くないだろうと悟ったからです。ならば、安心させてあげようと」  そういうことだったのか、と瑞紀は愕然とした。 「確かに、義叔父は癌を患っていますが。なぜそれを?」 「お顔を見てわかりました。……昔、同じ病状の人を知っていましてね」  エレベーターが、一階に到着する。聖は、さっさと歩き出した。その思い出について語るのが嫌なのか、それとも瑞紀そのものとこれ以上話したくないのか。いずれにしても、これは危機だ。瑞紀は、慌てて彼を追いかけた。何としても聖の気を引かなければ、任務は失敗ではないか。 (一千万の報酬が……。ババアにも、啖呵切ったし、それに……)  瑞紀は、ふと足を止めた。それに何だろう、と思ったのだ。金、小田桐みどりに対するプライド、他に何があるというのだろう。 (ええい、取りあえずは機嫌を取って……)  足が長いせいか、聖は歩幅が広い。すでに、二人の距離は離れつつあった。聖の背中に向かって小走りに駆けていたその時、不意にほがらかな声が聞こえた。 「よう、聖!」  見れば、一人の男が手を振りながら近付いて来るではないか。年齢は、聖よりやや若いくらいか。長身で体格が良く、アルファと思われた。 「ん、もしや戸川(とがわ)さんの見舞い?」  男は、聖に尋ねた。長めの髪は明るい茶色で、ピンク色のジャケットにジーンズというカジュアルな格好だ。全身に漂う垢抜けた雰囲気からして、アパレル関係だろうかと瑞紀は想像した。 「ああ。思ったよりお元気そうだった」 「ならいいけど。いつもお前には先を越されるなあ。さすが、小田桐ホールディングスの後継者は行動が速くていらっしゃる」  男は、大げさに頭を掻いた後、聖の背後に立つ瑞紀をチラと見た。 「そちらは?」 「俳優志望の方だ。今度、菊池(きくち)アクターアカデミーの社長にご紹介しようと思っていてね。ここでばったり出会ったので、その段取りを話していたところだ」  聖は、即座に答えた。嘘ではないが、どうも腑に落ちない。かといって、本当のことを話されてもややこしいのだけれど。 「中森瑞紀といいます。はじめまして」  ひとまず挨拶すると、男は白い歯を見せて笑った。 「確かに、菊池社長が気に入りそうなタイプだよね。綺麗だし、華がある。あ、俺は小田桐順一(じゅんいち)。こいつの異母弟」 「ええ!?」  さらっと名乗られた肩書に、瑞紀は目を剥いた。
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