第三章 愛しさと拒絶と

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第三章 愛しさと拒絶と

 その三日後。聖からは本当に、菊池アクターアカデミーの入所オーディション日程を知らせるメッセージが届いた。あらかじめホームページで確認していた締め切り日は過ぎているので、きっと聖が特別に取り計らってくれたのだろう。瑞紀は、すぐに返信した。 『日程、承知しました。いろいろとご配慮いただき、ありがとうございます』   その後、少し迷ってからこう続ける。 『ご紹介くださった聖さんのためにも、精一杯頑張りますね!』    すぐに既読マークは付いたが、それに対する返事は無かった。瑞紀は、深いため息をついた。 (関わるのはこれが最後って言ったのは、マジだったのか……?)  何とかしないといけない。いっそ体を張るかという思いもよぎったが、瑞紀は慌てて打ち消した。売り専をしていたくらいだ。知り合って間も無い男に抱かれることに抵抗は無いが、軽蔑されたら一巻の終わりだ。それは、危険すぎる賭けだった。 (焦るな。落ち着いて考えろ……)  とりあえず、瑞紀は西尾に電話をかけた。小田桐聖が他のオメガを要望していないか尋ねると、西尾は呆れたような声を上げた。 『その質問、何度目だ?』 「いいから、教えてくれよ」 『いや、特に何も言われてはいないが……』  西尾は、そこで一瞬沈黙した。 『中森。お前、今回の件、自信が無いのか?』 「違う!」  瑞紀は、慌てて否定した。西尾だって、信用がかかっているのだ。彼に見放されるわけにはいかなかった。 「大金が絡んでるから、慎重になってるだけだって」 『ならいいが』  西尾は、ほっとしたような声を出した。 『頼むぜ。お前の能力を見込んでるんだからな……』  電話を切った後も、瑞紀はスマホを見つめて考え込んでいた。とりあえずは、オーディションに全力を尽くそう。これは、瑞紀と聖を繋ぐ、最後の糸なのだから。 (それに。義叔父さんのためにも、頑張りたいしな……)  そう考えていると、まるでタイミングを見計らったかのように、着信画面が表示された。叔母の美恵子からだった。 『瑞紀くん、ありがとう。友介さんのお見舞いに、来てくれたんですって?』  よほど嬉しかったのだろう。叔母の声は弾んでいた。 『友介さん、喜んでたわよ。興奮して、瑞紀くんの話ばかりしていた。高校時代の思い出とかね』 「当然のことをしただけだって。検査があるとかで、少ししか話せなかったし」  そこで瑞紀は、思いついて告げた。 「そうそう。僕、養成所のオーディションを受けることにしたから。義叔父さんと話していたら、懐かしくなってさ。まあ、ダメ元だけど」  すると叔母は、いっそう華やいだ声を上げた。 『まあ、本当? どこのスクールなの?』   菊池アクターアカデミーだと言うと、叔母は知っていると答えた。 『有名なところよねえ。でも、瑞紀くんなら、絶対に受かるわよ。楽しみだわ。早速、友介さんにも伝えるわね。きっと喜ぶわよ』  いつなのかと興味津々で尋ねる叔母に日時を伝えて、瑞紀は電話を切った。確かに、聖の言うとおりだ。入所に挑戦すると話しただけで、この興奮ぶりである。入って本格的に訓練を始めたら、さぞ喜んでくれることだろう。少しは彼らの役に立てたかと思うと、瑞紀の胸は温かくなった。 (とは言っても、な……)  再度、メッセージアプリを開く。聖からの返信は、やはり来ていなかった。
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