第三章 愛しさと拒絶と

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 来るオーディション当日。菊池アクターアカデミーの控え室で、瑞紀は一つの決意をしていた。 (賭けをしよう)    このオーディションに受かれば、小田桐聖を誘惑する作戦を継続する。だが、もし不合格だったら、潔く諦めようと。  後者の場合は、小田桐みどりに頭を下げて前金を返還しようと、瑞紀は決意していた。西尾は、きっと怒るだろう。もうサクラの仕事は紹介してくれないだろうが、自己責任だ。仕事は、他で探すしかない。 (けど……。絶対に、受かってみせる)  手にしていたテキストをぎゅっと握りしめて、瑞紀はうなずいていた。今日はこれから、ここに書かれた短いシナリオに従って、実際に演技をするのだ。短い準備期間ではあったが、瑞紀は今日のこの日まで、発声に始まるあらゆる練習を重ねてきた。おかげでブランクなど、どこかへ吹き飛んでしまった。唯一の懸念は、発情期が迫っていることだが、抑制剤はちゃんと携帯している。失敗する気はしなかった。 (聖さんの顔を立てるためにも、最高の演技をしなければ……)  やがて、名前が呼ばれた。瑞紀は、明るく返事をして立ち上がった。今回演じるシナリオは、『青年が、好きな女性を何としても振り向かせようとする場面』である。皮肉だ、と瑞紀は思った。まるで、今の自分そのものではないか。  会場に入ると、面接官から荷物を置くよう指示された。瑞紀は、指定された位置に鞄を置いた。そして、迷いなくテキストを鞄にしまう。面接官は、おやという顔をした。 「指示があっただろう? 台本は見て構わないよ?」 「いえ」  瑞紀は、まっすぐに面接官の方に向き直った。 「必要ありません」  カメラが向けられる。瑞紀は、大きく深呼吸していた。
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