第三章 愛しさと拒絶と

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「じゃあ、行きましょう! この近くに、前から行ってみたかった洋食屋さんがあるのよ。瑞紀くんも好きでしょ、洋食?」  叔母は、はしゃいだ声を上げた。 「そういうとこは、ちゃかりチェックしてるよなァ」  壮介は苦笑すると、母親と一緒に、駐車場の方へ歩き始めた。瑞紀も仕方なく二人に続いたが、ふと思いついた。オーディションが無事に終わったことを、聖に報告した方がいいだろう。こちらばかりメッセージを送っている気もするが、これはけじめだ。  だが、スマホを取り出していると、叔母がこちらを振り返った。 「何してるの、瑞紀くん。早くしないと、お店が混むわよ?」  瑞紀は、渋々スマホをしまった。こうなったら、車中で連絡するしかない。壮介が運転するようだから、叔母を助手席に座らせて、後部座席でゆっくりメッセージを打とう。そう思った瑞紀だったが、車の所まで来ると、叔母はこう言いだした。 「壮介と話したいでしょ? 瑞紀くんは、助手席に座りなさいよ」  壮介の車は、白いSUVだった。人気のタイプの新車だ。小田桐ホールディングス傘下の企業に勤めているだけあって、経済的にゆとりがあるのだろうか。だが、余計なことを考えている場合ではない。どうにか壮介の隣を避けようと、瑞紀は必死で言い訳を探した。 「ええと、叔母さん……」  その時だった。頭が、ぐらりと揺れた。顔も熱く、火照る気がする。まずい、と瑞紀は思った。よりによって、発情期が来てしまったようだ。さらに最悪なことに、壮介は瑞紀の変化に目ざとく気付いたようだった。 「瑞紀、具合でも悪い?」 「ううん!」  瑞紀は、慌ててかぶりを振った。 「オーディションが無事に終わって、気が抜けただけ」  そう、と壮介はうなずいた。 「けど、あまり顔色が良くないよね。この状態で車に乗ったら、酔うかもよ? その意味でも、助手席の方がいいね」  そう言うと壮介は、半ば強引に瑞紀の腕をつかみ、助手席へと押し込んだ。辛かったら言いなさいよと言い残して、叔母も後部座席に乗り込んでしまう。八方塞がりの状況に、瑞紀は泣きたくなってきた。壮介は、目ざとい男だ。このままでは、聖にメッセージを送ることも、抑制剤を摂取することもできないだろう。 (何とかしないと……) 「じゃあ、行こうか」  明るい声を上げて、壮介が車を発進させる。その時、叔母のスマホが鳴った。 「友介さんだわ」  そう言って電話に出た叔母だったが、間を置かずして、えっと声を上げた。二言三言話すと、彼女は瑞紀たちを呼んだ。振り返れば、何やら申し訳なさそうな顔をしている。 「悪いけど、私、行けないわ。病院へ戻らないと」 「どうしてです?」  瑞紀は尋ねた。無性に嫌な予感がする。 「ここに来る前、友介さんの病院に寄ったんだけど。私うっかりして、持ち帰るはずの洗濯物、病室に忘れて来ちゃったみたいなの」  すると壮介は、素早く反応した。 「ああ、それは戻った方がいいよ。親父、そういうのうるさいから」 「ごめんね、瑞紀くん」  叔母は、心底すまなさそうに言った。 「私は電車で病院まで戻るから、二人で食事してらっしゃいよ」 「いえ、そんな! 僕も義叔父さんの顔を見たいですし、三人で病院まで行きましょう」   瑞紀はぎょっとしたが、叔母はかぶりを振った。 「ここから病院まで遠いわよ。気持ちは嬉しいけど、友介さんに会うのはまたの機会にした方がいいわ。それよりも、二人で楽しんでらっしゃい」  絶望的な気分になった瑞紀に構わず、壮介はさっさと路肩に車を停める。頼みの綱だった叔母は、あっという間に車を降りてしまったのだった。
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