第三章 愛しさと拒絶と

6/12
前へ
/46ページ
次へ
「――さて」  二人きりになったとたん、壮介はおもむろに瑞紀を見た。瑞紀は、反射的にドアに手をかけていたが、その腕は壮介につかまれた。痛みを覚えるほどの強さだった。 (クソッ……。やっぱり、腕力はアルファに勝てねえ……)  振りほどこうともがくが、少しも自由にならない。その間に壮介は、さっさと車を発進させた。  「どこ行く気だよ!」 「想像はついてんだろ」  乱暴な口調で言い捨てると、壮介は薄笑いを浮かべた。言葉使いといい表情といい、先ほどまで母親に見せていた品行方正な姿とは、まるで逆だ。裏表の激しさは相変わらずだ、と瑞紀は嘆息した。 「せっかく小細工して、二人きりになれたんだ。存分に楽しませてもらわなきゃな」 「小細工って……、さっきの義叔父さんからの電話か?」  そうだ、と壮介はあっさり認めた。 「わざと洗濯物を忘れるように仕向けた。親父が電話してこなかったら、俺が思い出させる予定だったし」  そんな話をしている間も、壮介は瑞紀の腕を捕らえたままだ。右手だけで、器用にハンドルを切っている。どうにか逃れる術は無いものか知恵を巡らせていると、壮介はこんなことを言い出した。 「ああ、そういや親父から聞いたんだけど。お前、アルファのパートナーができたんだって?」    ドキリとした。壮介が、横目でこちらを見やる。 「いい男らしいじゃん? ……けど」  壮介が、うっすらと笑みを浮かべる。 「そいつは、知ってんのかな。お前が、高校の頃からヤリまくってたオメガだって」 「――! 誰のせいで……!」  瑞紀はカッと気色ばんだが、壮介は平然としている。 「俺のせいってか? どうかな。会社が倒産した後、何をしてたか、お前はっきり言わなかったじゃないか。いかがわしい仕事でもしてたんじゃねえのか」  売り専のことを言い当てられた気がして、瑞紀は言葉に詰まった。図星か、と壮介がにやりと笑う。 「そのアルファも、気の毒になあ。こんな汚れまくったオメガとも知らずに、パートナーに選ぶんだから。籍は? これから入れんのか?」  血の気が引いていくのを、瑞紀は感じていた。壮介は、聖のことをどの程度知っているのだろうか。何もかもぶちまけられたらどうしよう、と瑞紀は震えた。高校時代のことや、売り専のことを聖に知られたら。 (任務失敗は、この際どうでもいい。けど、彼に軽蔑されたくない……) 「そんなに怯えんなって」  壮介は、どうやら聖と瑞紀が結婚するものと決めてかかっているらしく、クスクス笑った。 「旦那に告げ口したりしねえよ。……まあ、その代わり」  瑞紀をつかんでいた壮介の手の力が、少し弱まる。そのまま彼は、瑞紀の腕をつっと撫でた。服の上からではあったが、鳥肌が立つのがわかる。 「昔みたいに、ちょいちょい楽しませてくれよな。ま、まずは今日……」  そこで壮介は、瑞紀の顔をチラと見た。 「おい。何だか、肌が熱いぞ。まさか、アレか?」  顔の熱さは、すでに全身に広がりつつある。瑞紀の発情期が始まりかけていることに、壮介は気付いたようだった。チッと舌打ちする。  「……んだよ。タイミング悪いなあ……。後で、ピルでも飲んどけよ?」  瑞紀の一縷の望みは、打ち砕かれた。用心深い壮介は、発情期の際、決して瑞紀を抱かないのだ。だが、久々に再会した今、彼はもはや、それすらどうでもよくなっているようだった。次第に、車のスピードを上げていく。瑞紀はわめいた。 「放して! 降ろせって!」 「誰が降ろすかよ。相変わらず、人形みたいな可愛い顔しちゃって。それでいて、色気は十分ときてる」 (この……!)  もはや噛みついてでも抵抗したいが、意識は次第に朦朧とし始めた。躰の奥には、すでに潤みを感じる。これほどまでに、オメガ性を呪ったことはなかった。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

134人が本棚に入れています
本棚に追加