第一章 報酬は一千万

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「ひー。肝を冷やしたぞ」  みどりを送って戻って来ると、西尾は肩をすくめた。 「VIPばかり相手にしてるくせに、何を今さら」 「馬鹿もん。お前がズケズケ言いすぎるからだ」  西尾は、瑞紀の頭を軽く小突いた。セレブ専門の結婚相談所『メイト・エージェント』の社長である彼との付き合いは、かれこれ三年になる。『番』を意味する『メイト』が社名に入っていることからもわかるように、ここは、アルファとオメガの縁組をメインに扱っている。とはいえアルファ会員の中には、理想が高すぎて、なかなか相手を見つけられない者もいる。そこでサクラとして会員を装い、彼らの希望を完璧に満たすオメガを演じる……。それが、瑞紀のここでの仕事なのである。 「おかげで納得したじゃん、あのババア」 「だから、そういう口の利き方が問題だと言ってるんだ!」  西尾が、再び瑞紀を小突く。ハイハイ、と瑞紀は素直に頭を下げた。何だかんだで、西尾には感謝している。ここで働く前、瑞紀はずっと売り専をしていた。みどりに言ったのは本音で、金にはずっと苦労してきたのだ。そんな生活から抜け出せたのは、西尾が瑞紀を見込んで、高額の報酬を支払うようになってくれたおかげである。 「相手の前では猫被るから、安心してなって」 「ま、それは信用しているがな。毎度、見事なもんだと思ってるよ。さすがは、俳優志望だっただけのことはある」 (俳優、か)  西尾としては何気なく発した言葉だろうが、瑞紀の胸はチクリと痛んだ。それを振り払うように、瑞紀は明るい声を上げた。 「んじゃ、前金もらったことだし、頑張りますか。どんな奴よ、相手のボンボンて?」 「うん、このアルファ男性だ」  西尾は、書類を出して来た。 「小田桐(さとし)、三十五歳。傘下の小田桐ホテルで、総支配人を務めている。T大経済学部卒、留学経験もあり、語学は堪能。数カ国語を操るそうだ」  瑞紀は、聖の写真を眺めた。黒髪を綺麗に撫でつけた、清潔感のある風貌だ。瞳は切れ長で、鼻筋は通り、眉も唇も形が良い。一言で言って、相当の美形だ。おまけにアルファで大手企業の御曹司とくれば、相手には不自由しなさそうなのに。一体どうして、この年齢まで独身なのだろう。三十五といえば、瑞紀より十も上だ。 (『理想』とか『運命』とか信じてるタイプの、夢見るお坊ちゃまかな)  いずれにしても、自分はいつも通り、このアルファを惹きつければいい。多少妙な条件が加わったが、恐れることは無いのだ。 「で、お前の設定だが……」  西尾の説明を聞きながら、瑞紀はもう一度、聖の写真に目を落としたのだった。
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