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「なっ……、聖さん、菊池アクターアカデミーに来ていたんですか?」
瑞紀は、目を剥いた。ええ、と聖がうなずく。
「オーディションの様子、全て見させていただきましたよ」
「それなら……」
どうして、瑞紀に声の一つもかけなかったのか。しかも、尾行とはどういうことだろう。すると聖は、さらにとんでもないことを言い出した。
「オーディション終了後、僕はすぐに建物を出ました。ですが、ふと気になったんです。瑞紀さんから連絡が来ないな、と。あなたの性格なら、終わり次第、僕に報告をするはず。嫌な予感がして、僕はもう一度菊池アクターアカデミーに戻りました。すると……、あなたは村越壮介の車に乗せられていた。彼の顔は、すぐにわかりましたよ。調査させていましたから」
「調査!? なぜです?」
聖は、ふうとため息をついた。
「瑞紀さんが心配だったからです。義理の叔父さんと病院で話した時、あなたは彼の名前が出たとたん、顔色を一変させていました。何かあったな、とピンときましたよ。手だって、小刻みに震えて……」
瑞紀は、絶句した。異変を悟られないよう、細心の注意を払ったはずなのに。現に、義叔父だって、全く気付かなかったではないか。
「義叔父さんがいなかったら、あなたの手を握って励ましてあげたかったです……」
言った後で口を滑らせたと思ったのか、聖は少し顔を赤らめた。
「お節介かもしれないとは思いました。けれど、放っておけなくて……。それで調べたんです。まさか、関連企業の社員とは思いませんでしたが。一緒にいた女性は、叔母さんですね? 三人で出かけるのを見て、僕はとっさに車で後を追いました。案の定というべきか、叔母さんは途中で下車された。これは絶対に見過ごせないと思ったんですよ」
今度は、瑞紀がため息を吐く番だった。前菜の盛り合わせが運ばれてきたが、まるで口を付ける気になれない。
「何があったか言いたくなければ、言わなくても……」
「いえ」
瑞紀は、きっぱりとかぶりを振った。
「ご想像の通りです。壮介さんは、叔母を途中で帰させて、僕をホテルへ連れ込もうと計画していたんです。ヒートを起こしたのは、偶然ですけど。……そして、同居していた高校時代は、彼から性暴力を受けていました」
聖の形の良い眉が、きつく歪んだ。
「叔母さんご夫妻には言えなかった、そうですね?」
「お世話になっていましたから。余計な心配はかけたくありませんでした」
聖は、片手で顔を覆った。ややあって、うめくように呟く。
「誰も彼も、最低ですね……。瑞紀さんは、そんな人たちに囲まれていたんですか……」
「叔母夫妻は悪くありません!」
瑞紀は、慌てて反論した。
「彼らは、僕に本当によくしてくれたんです。今日だって、久しぶりに話したいだろうという善意からで……」
「善意の人間というのは、ある意味、悪人よりも厄介ですよ」
聖は、低い声で瑞紀の言葉をさえぎった。
「そもそも、思春期のアルファとオメガを一つ屋根の下に住まわせるなら、万全の注意を払ってしかるべき。あなたが村越から被害を受けているのに気付かない時点で、彼らには十分すぎる落ち度があります!」
目から鱗が落ちる思いだった。これまで瑞紀は、壮介だけを憎んできた。叔母たちが息子を信じて疑わないのも、彼の演技が上手いせいだと。だが、その思い込みは、今の聖の言葉で崩壊しようとしていた。
「あなたは、もっと他人を非難していいんですよ」
聖の声音が、優しくなる。瑞紀は、ぽつりと呟いていた。
「訴えて、よかったんですね。我慢しなくても……」
スッと、目の前にハンカチが差し出された。そこで初めて、瑞紀は自分が涙を流していたことに気付いた。
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