第三章 愛しさと拒絶と

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 礼を述べて、瑞紀はハンカチを受け取った。上着と同じコロンの香りが漂うそれで目頭をぬぐううち、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。だがそこで、瑞紀はハッとした。 (壮介について調べたってことは……)  瑞紀は、勇気を振り絞って聖に問いかけた。 「あの。さっき、壮介さんについて調査したって仰いましたよね。調べた対象は、壮介一人ですか」  聖が、軽く目をそらす。瑞紀は、全身の力が抜ける思いだった。 「それで……、僕とは関わりたくないと……」  どこまで知られたのだろう、と瑞紀は背中に冷や汗が伝う思いだった。だが聖は、意外にもかぶりを振った。 「違います。僕があなたについて新たに知ったのは、あなたがご両親を亡くしていたこと、村越家を出た後は就職したことの二点です。『メイト・エージェント』から伺った経歴とは少々違いましたが、あなたを拒絶したのはそれが理由ではありません」  確かに、『今後あなたとお会いするつもりは無い』と聖が言ったのは、義叔父と会った直後だ。壮介と一緒に瑞紀のことも調べたのは、それよりも後である。 (だったら、なぜ……) 「僕の母は、僕の結婚を望んでいます。ビジネス上都合がいい相手と」  聖は、唐突に言った。瑞紀は、ドキリとした。 「だから、僕を結婚相談所に入れました。ただ、母は誤解しています。彼女は、僕が政略結婚を嫌がっているのだと考えていますが、僕はそもそも、結婚そのものをするつもりがありませんでした」  「じゃあ、どうして……」  瑞紀は、眉をひそめた。すると聖は、意外なことを言い出した。 「『メイト・エージェント』に登録したのは、母を諦めさせるためです。そのために、母には、一年間しか活動しないという条件を呑ませました。そして一年後には、気に入った相手は現れなかった、と告げるつもりでした。要は、僕は、婚活したという形を作りたかっただけなんです」  何と、と瑞紀はぽかんと口を開けていた。聖は聖で、母・みどりとは違う企みをしていたというのか……。 「けれど」  聖は、微苦笑を浮かべた。 「瑞紀さんのお写真を見て、どうしても会ってみたくなったんです。一度だけ、と心に決めて。それなのに……、どうしてでしょうね。映画に行きたいとあなたに言われて、断ることができなかった」  そこで聖は、不意に深々と頭を下げた。 「本当に、申し訳ない。二度もお会いして、気を持たせるような真似をしてしまいました。馬鹿にしていると怒ってくださっていい」 「そんな! お顔を上げてください」  瑞紀は慌てた。口には出せないが、こちらは、みどりに頼まれたサクラだというのに……。 「謝るのは、僕の方です。経歴を偽っていました。聖さんのお好みが、自立した知的なオメガと聞いて、そういう設定にしてくれるよう西尾さんに頼み込んだんです。あっ、西尾さんは悪くありません。僕が、その、無理を言ったのであって……」  聖に謝罪させるのは心苦しいが、みどりの計画を暴露するわけにはいかないし、西尾にとばっちりが行っても困る。しどろもどろに弁明していると、聖はふっと笑った。 「いいんですよ、もうそのことは。それより、今日の演技、本当に良かったですよ。特に、最後の台詞。心に響きました」 「絶対に、あなたを手に入れてみせる。……意地でも」  瑞紀は、繰り返していた。うん、と聖がうなずく。その瞳に宿る優しい光に気付いたとたん、瑞紀はたまらなくなった。 「聖さんを想って言いました」 「瑞紀さ……」  聖の顔に、微かな当惑が浮かぶ。それでも、瑞紀は止められなかった。もう、自分に嘘はつけなかった。どうしてここまで、目の前の男に固執するのか。理由は、金でも、小田桐みどりへの意地でも、西尾への配慮でもない……。 「聖さんが、好きなんです」
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