第四章 疑惑と混乱

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 最低限の身の回りの品を準備すると、瑞紀はアパートを出た。白井明人の件はやはり気にかかるが、聖の職場である小田桐ホテルに泊まれると思うと、少し心が躍る。養成所の費用に宿泊代と、出費は重なるが、サクラとして稼いだ金を貯めていたおかげで、まかなえそうだ。  そんなことを考えながら、駅へ向かって歩いていた瑞紀だったが、不意にハッとした。駅前のロータリーに、見覚えのある男の姿を見つけたのだ。 (――壮介)  瑞紀は、急いで路地裏に隠れると、スマホを取り出した。聖に送ってもらった、壮介の勤務シフトを確認する。今日は、早番となっていた。 (早速、来やがったのかよ……)  聖の不安が、こうも早く的中するとは。瑞紀はため息をつくと、ルートを変更することに決めた。大回りして、反対側の改札から入るのだ。到着は少し遅れるが、仕方ない。瑞紀は、壮介の顔を脳裏から追い払いながら、足を速めた。  小田桐ホテルのフロントは、たいそう丁重に瑞紀を出迎えてくれた。もちろん、総支配人である聖が命じたからだろうが、元々の教育も行き届いていると見える。聖の指導のたまものだろうな、と瑞紀は想像した。 「一ヶ月のご利用でお間違いございませんね?」  フロントマンは、そう念を押した。おまけに宿泊費用は、払う必要は無いという。 「総支配人が、そのように申しておりますので」   頑強に言い張るフロントマンを前に、仕方ないなと瑞紀は肩をすくめた。こうなったら、後日聖に直接支払うしかない。了承すると、スタッフが荷物を持ってくれた。部屋へ案内してくれると言う。 (何か、VIP待遇って感じ……)    スタッフは瑞紀を、最上階の部屋へと連れて行った。驚くことに、中へ入ると、一人で泊まるには贅沢すぎるほどの空間が広がっていた。気のせいか、家具の類も豪華な気がする。本当にこんな部屋に泊まらせてもらっていいのだろうか、と瑞紀は不安になった。 「では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」  スタッフが去ると、瑞紀はスマホを取り出した。引っ越し業者を探すためだ。いくら宿泊費は払うつもりとはいえ、ずっと滞在させてもらうなんて、気が引けて仕方ない。  だが、目星を付けた所に電話してみたものの、近い日程が空いている業者は、なかなか見つからなかった。運悪く、ゴールデンウィークが近付いているのだ。どうしようかと悩んでいたその時、不意にノックの音がした。 (聖さんか?)  いや違うな、と瑞紀は直感した。叩き方は、かなり荒々しかったのだ。苛立ちがこもっている、そんな感じだった。  ドアスコープからそっと外をのぞいて、瑞紀は驚愕した。そこには、小田桐みどりが立っていたのだ。背後に、男二人を従えている。
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