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第五章 泡沫の夢
翌朝瑞紀は、支配人に会いたいと申し出た。支配人は、すぐに瑞紀の部屋までやって来た。平身低頭といった様子だ。
「中森様、昨日は大変申し訳ございませんでした。内輪の事情になりますが、実は関連企業との間で、連絡が行き違ってしまい……」
しどろもどろに弁明する彼を、瑞紀はさえぎった。
「そのことは気にしていませんので、もう結構です。ですが宿泊は、昨夜限りにしようと思います」
「そのような……。他に不手際でも、ございましたでしょうか!?」
瑞紀が機嫌を損ねていると思ったのか、支配人は真っ青になった。違います、と瑞紀はかぶりを振った。
「元々、この部屋を融通していただいたのは、総支配人のご厚意によるものです。ご存じかもしれませんが、僕はストーカーに狙われていまして、一時避難の目的でした。ですが幸いにも、避難場所が他に見つかったんです。ですので、もうこちらにお世話になる必要は無くなりました」
瑞紀は、一泊分の宿泊代金が入った封筒を、支配人に差し出した。
「お世話になりました。機会があれば、また利用させてください」
「……かしこまりました。次こそは不手際が無いようにいたしますので、是非お願いいたします」
瑞紀の決意が固いことを悟ったのか、支配人は封筒を受け取った。
「総支配人に、どうぞよろしくお伝えください」
「承知いたしました」
丁重に挨拶して、支配人が退室する。一人になると、瑞紀はスマホを取り出した。聖に当てて、メッセージを送る。
『昨夜は、ありがとうございました。幸運なことに、しばらく泊まれる所を見つけましたので、せっかくですが小田桐ホテルの利用は昨夜限りにしようと思います。また、養成所の入所準備が忙しいので、しばらくはご連絡できません。中森瑞紀』
送信し終えると、瑞紀は、聖をブロックした。電話も、着信拒否にする。『しばらくは』と書いたが、これで察してくれるだろう。
(元々、住む世界の違う人だったんだ……)
瑞紀は、深いため息をついていた。
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