第五章 泡沫の夢

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 壮介の目的は、わからない。だが、彼の表情は、何かを企んでいる時のそれだった。彼と密接に関わった瑞紀だからこそ、断言できる。しかも、明人はオメガだ。嫌な予感しかしなかった。 (ほいほい、アルファの車に乗ってんじゃねえよ。深窓のお坊ちゃまが……)  自分のことは棚に上げて、瑞紀は歯がみした。話したことも無い相手だが、同じオメガとして、何かされそうになっているのであれば救いたかった。しかも、聖と結婚するかもしれない相手だ。傷ついて欲しくない、と瑞紀は心から思った。 (しかし……、俺が後をつけたところで、どうなる?)  自分が、明人を守る戦力になれるとは思えない。だが他に、頼れる相手を思いつかなかった。 (聖さん……は、今さら連絡なんてできないし)  明人のためなら駆け付けてくれるかもしれないが、聖とはもう関わらないと誓ったのだ。第一、バレたら、またもやみどりに誤解される。 (あっ。みどり社長っていや、これから会いに行かなきゃなんねえんだった……)   時計を見れば、十九時十五分だった。二十時までに、何とか明人を救って、戻って来るしかない。間に合いますように、と瑞紀は神に祈った。 (いざとなったら……、俺が村越の家に戻ればいい。好きにヤらせりゃ、壮介も文句無いだろ)  それで明人を救えるなら、と瑞紀は本気で思った。どうせ、かつては散々抱かれた身だ。他にも、不特定多数の客を相手にしてきた。今さら汚れたって構わない。でも、明人は自分とは違うのだ……。 神への祈りが聞き届けられたのか、壮介のSUVが停まった。こちらも停めるようタクシーの運転手に指示しながら、瑞紀は眉をひそめた。壮介が明人を連れて来たのは、ホテルだったのだ。HOTELブランでも、小田桐ホテルでもないが、全国的にも有名な所だ。 (いや、うっすら予想はしてたけど。マジか……?)  二人は車を降り、連れ立って建物内に入って行く。瑞紀は、こっそり後を追った。壮介は、何やら看板を指さすと、階段で下へ降りて行く。どうやら、地下にあるバーに行くつもりらしかった。明人は、素直に従っている。 (あああ。世話が焼ける……)  バーに入ると、二人は、ボックス席を選んだ。彼らが注文を終えたのを見計らい、瑞紀もカウンターの隅に腰かける。幸い、壮介はカウンターに背を向けて座っているので、すぐにバレることは無さそうだった。客も少なく静かなため、会話もかろうじて聞こえてくる。 「早く本題に入っていただけませんか? 飲食部門の参考になるご提案があるのですよね?」  白井明人は、壮介を真っ直ぐ見つめて語っている。あどけない外見とは裏腹に、落ち着いた口調だった。 「まあ、堅苦しい話は後でいいじゃないですか。それより、お酒を楽しまれてはいかがですか。こちらも、お勧めで……」  壮介が告げた銘柄に、瑞紀は眉をひそめた。ウォッカベースの、度数の強いものだったのだ。彼がよからぬことを企てているという予想は、確信に変わった。だが明人は、うなずくではないか。瑞紀は舌打ちしたくなった。 (馬鹿。本当に、世間知らずなんだな……)  気を揉む瑞紀をよそに、明人は、運ばれて来た酒を一気に飲み干してしまった。壮介のほくそ笑む顔が、目に浮かぶようだ。 「それで、何なのです? 今日のご用件は?」  苛立ってきたのか、明人が壮介を急かす。すると、壮介の手が、スッと明人の方に伸びた。さりげなく、手を取る。 「わかってらっしゃるくせに。だから、ここまで付いて来てくれたんじゃないんですか?」 「それは、どういう……」  言いかけて、明人は額を押さえた。すかさず壮介が立ち上がり、明人の肩を抱く。瑞紀も、思わず立ち上がっていた。 (あんな強い酒、飲むから……)  壮介は、天井を指さし、何事か明人に囁いている。部屋を取っている、とでも言っているのだろう。もう我慢がならず、瑞紀は助けに入ろうとした。だがその時、瑞紀は目を疑った。明人がパッと顔を上げると、壮介の腕を取ったのだ。続いて、床に投げ倒す。目にも留まらぬ速さだった。
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