第二章 俳優への一歩

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その翌日、瑞紀は花を持参して、義理の叔父が入院する病院を訪れていた。マスコミにも取り上げられたことのある、著名な病院だ。有名人が世話になることも多いという。 (さすがに、でけーな。設備も、金かかってそう)  大勢の患者や付き添いたちが行き交うだだっ広いホールを歩きながら、瑞紀は感心していた。 (そうそう、電源切っとかなきゃな)  思いついて、スマホを取り出す。画面を見て、瑞紀は顔をしかめた。映画の後、礼のメッセージを送ったものの、聖から返信が来ないのだ。当然、次の誘いも無い。 (だったら、またこっちから誘うしかねーか……)  聖は何を考えているのだろう、と瑞紀は不安になった。西尾によると、特に別のオメガを紹介して欲しいとの要望は出ていないそうだ。ということは、瑞紀に見切りを付けたわけでは無いのだろうが。そんなヘマはしていないという自負もある。  あれこれ考えながら、瑞紀は、あらかじめ叔母から聞いていた病棟へ向かった。義叔父(おじ)が入院しているフロアまでエレベーターで上がり、看護師の詰所を探す。そこで瑞紀は、おやと思った。廊下の向こうから、何と聖が歩いて来るではないか。 「聖さん!」  声をかければ、聖は驚いたように目を見張った。 「偶然ですね。あの……、もしや、どこかお悪いのですか?」  返信が無いことについてはあえて触れずに、瑞紀は心配そうな表情を作ってみせた。 「いえ、単なる見舞いです。知人が入院していましてね」  聖は、短く答えた。彼の知り合いならさぞかし大物なのだろう、と瑞紀は想像した。 「瑞紀さんは?」 「僕も、お見舞いです。親戚がここにお世話になっていて」  偶然だが、これを活かさない手は無い。瑞紀は、忙しく頭を巡らせた。 「聖さん、この後お時間あります? よかったら……」  お茶でも、と言いかけたその時。不意に大きな声が聞こえた。 「瑞紀くんじゃないか! わざわざ、来てくれたのか」  声のする方を振り向いて、瑞紀はぎょっとした。当の義叔父・友介が、点滴を手に立っているではないか。 「義叔父さん! 出歩いていいんですか」 「退屈でかなわんのだよ。フロア内を歩くくらい大丈夫だと、お医者様も仰っているしな」  久々に会う友介は、年老いて痩せていたものの、聞いていた病状の割には元気そうだった。彼は、聖を興味深げに見た。 「そちらは?」 「ええと……」  どう説明すべきか、瑞紀は迷った。すると友介は、はたと目を輝かせるではないか。 「そうか! もしかして、パートナーじゃないのかい。一緒に、見舞いに来てくれたんだな?」 「いや、違……」  アルファの聖を見て、友介は誤解したようだ。取りあえずは否定せねば、と瑞紀は言い訳を探した。結婚相談所で知り合ったのは確かだが、そこまでの関係ではない。だが、瑞紀よりも先に、聖はこんなことを言い出した。 「ええ、はじめまして。瑞紀さんのパートナーの、小田桐と申します」  瑞紀は、目を剥いた。その気が無さそうに見せかけていたのは、駆け引きだったのか。実は、そこまで視野に入れていたというのだろうか。
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