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4.想い
旅先で出会った親切な日本人。ただそれだけだったはずなのに、私の中でもう消すことができないほど天馬に惹かれている。車窓から海を見つめる彼の横顔を私は眺めながら、出会えたことに神に感謝した。
ゆりかもめを下車し、二人が出会った公園まで歩く。あの日と同じように青空が広がっていて、気持ちのいい秋晴れだ。やがてベンチを見つけ、二人で座る。
遠くで子供の笑い声がした。
「ああ、いい天気だな。さっきはビルに囲まれてたからあまり分かんなかったよ」
大きな背伸びをしながら天馬が笑う。君は気がついていなかったかもしれないけど、ビルの合間から綺麗な青空がのぞいていたんだよ。それだけ彼は俯いて歩いていたんだなと思うと胸が痛い。
「ここでロジェさんに出会えたのがまだ二週間前だなんて嘘みたいだ」
「そうだね。あの時は驚いたよ。目を開けたら大きな犬が目の前にいたから」
「ロジェがロジェさんにちょっかい出してたもんね」
くすくすと笑う天馬。そうだ、ロジェにも感謝せねばならない。彼が私を見つけてくれたおかげなのだから。
しばらく小鳥の囀りを聞きながら私は不意に天馬に質問した。
「天馬。こんな話をしてしまうと不快に思うかもしれないが、聞いてくれ」
「なに?」
「勤めているカンパニーが来年、東京支店を開くんだ。だけど、一人欠員が出てしまってね。それで天馬、よかったら採用試験受けてみないか」
財布の中に入れていた名刺を取り出し渡すとあまりに急な話だから、天馬はポカンとした顔をしている。先日ノアが欠員が出て困っている話を私はゆりかもめで移動中に思い出したのだ。
仲良くなったとはいえ、まだまだお互いを知らないのにこんな話をするのは気を悪くしないだろうか。だけど彼がこのままの生活をするわけにもいかないだろう。これがキッカケになれば、という表向きの思いと、天馬との繋がりが途切れなくなるという裏の思いがあった。
「もちろん、私が紹介したからと言って必ずしも採用されるとは限らない。然るべき試験と面接は受けてもらう。公平に選考するよ」
実際、採用担当の部署があり全くノータッチなのだ。採用が決まってからメンバーを聞くこととなる。
「勤務地は品川になるよ。オフィス街だから少し辛いかもしれないけれど」
しばらく固まっていた天馬だったが、握らせた名刺をポケットにしまう。
「ありがとう、ロジェさん。こんな見ず知らずの僕にそこまで考えてくれて」
「見ず知らずじゃない。君は私にとってもう、友人なんだ。そうだろう?」
そう言うと天馬は突然こちらを向き、私の上半身に抱きついてきた。
「て、天馬!」
「ありがとうロジェさん!」
日本人は奥ゆかしくて、愛情表現が下手だと聞いたことがあるけれどどうやらそれは違ったらしい。私も天馬の体を抱きしめた。そのとき私ははっきりと自分の気持ちを自覚した。友人としてではなく、恋人として天馬を抱きしめたいと。
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