5.進んだ歩み

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東京に行ったのは観光だけではなかったこと。そして【フォーゲルアソシエイツカンパニー】東京支店に勤めること。つまり、部署は違えど天馬と同じオフィスで働くことになること。それらを一気に話している間、天馬は無言で聞いていた。 「なかなか言い出せなくて、すまない」 「もう、ロジェはどこまで僕を驚かせば気が済むんだよ」 天馬が呆れたように言った。ああ今彼はどんな顔をしているのだろうか。苦笑いしているのだろうか、怒っているのだろうか。声はすぐそこなのに顔が見えないのはこんなにも不安になる。 「……天馬?」 「先に聞いていたら、試験受けるのを遠慮してたかも」 「えっ」 「だって入社したら毎日ロジェと会うことになるんだろ」 「……そんなに嫌?」 「反対だよ、嬉しくて仕事が身に入らないかもしれないってこと」 くすくすと笑い声が聞こえ、どうやら天馬がいじわるしていることに気がついた。私は胸を撫で下ろした。 天馬はきっと電話の向こうで笑っているに違いない。できることならその隣で私も笑っていたい。 「天馬にはお手上げだな。そんなところが可愛くて好きだけど」 言った途端に、この時期に言うべきではないと気がついた。天馬は採用関係者からのセクハラで傷ついた過去があると言うのに。私の立場はセクハラをした彼と変わりない。それなのに、つい言葉にしてしまった。慌てて私は発言を取り消そうとした。 「ごめん」 「変なこと聞くけど好きって、ライクの方? それとも、ラブの方?」 さらっと流して欲しいのに、天馬はそんなことを聞いてきた。ライクだと言えば、今の関係は崩れないだろう。想いは伝えられないけど。ラブだと言えば……きっと崩れてしまうだろう。ああだけどいま、これがチャンスなのかも知れない。大人げないけど私は自分の気持ちを素直に伝える方に賭けた。 「ラブのほうだよ。私は天馬に恋愛感情を抱いている。君がどう思うか怖くて言えなかったんだ」 沈黙が流れ、私は息を呑む。天馬はきっと混乱しているのだろう。しばらくしてようやく天馬が口を開いた。 「いつから、僕のことを?」 「君と一緒に散歩をしている間に。気がついたらいつも天馬のことばかり、考えていたんだ。確信したのは私が帰る前日、君に抱きついた時だ」 「へぇぇ……そうなのか。どんなとこが好きなの?」 天馬の質問におののきながらもゆっくりと答えていく。
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