1.ロジェとロジェ

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「そんなに丁寧にしなくていいから。こうして手当てしてくれたんだし」 「でも」 彼は少し困ったような顔をみせ、ふと何かを思いついたようにこう言った。 「じゃあこうしましょう。あなたが明日時間があるようでしたら、さっき話していた僕のおすすめのスポットを案内します」 散歩中に少しだけ話したことを覚えていてくれたなんて。私はぜひ、と答えた。お金をもらうより断然ありがたいし、楽しそうだ。 「よかった。こっちのほうがあなたも喜んでくれそうだし。そうだ、お名前聞いてもいいですか」 私は少し意地悪をしてみることにした。 「私の名前かな? 君の犬と同じだよ」 「え?」 「ロジェだ。ロジェ・マイヤー。よろしくね」 そう言った途端、彼はすぐさま頭を下げた。 「すみません、さっきめちゃロジェって叱っちゃった」 まさか目の前の男と犬の名前が被ってるなんて思わないだろうし、そんなことで謝らなくてもいいのに。日本人というのは、少し過剰に頭を下げ過ぎだ。 「気にすることはないよ。君の名前も知りたい」 「テンマです」 「テンマ。いい名前だね」 テンマは天に馬と書くんだと聞いた時に、ペガサスだと私が言うとそんなかっこいい名前じゃないよと笑う。 どうせなら一緒にランチをしましょう、と天馬が勧めてくれ、明日の朝に宿泊しているホテルのロビーまで迎えに来てくれるようだ。 「そうだロジェさんはどこか、行きたい場所ある?」 「うーん。浅草には行ったけれど、あの人混みはもう勘弁だなあ」 「はは、東京はどこも人が多いから」 そして帰ろうと玄関ドアを開けようとしたとき。私は肝心なことを忘れていた。背後にいる天馬の方を向いて問う。 「天馬、ここから私はどうやって帰ったらいい?」 タクシーに乗って豊洲に辿り着いた私はどうやってホテルに帰ればいいのか分からなかったのだ。天馬は先ほど教えたホテルを知っていたようで、帰路を詳しく教えてくれた。偶然にも豊洲とホテルの最寄駅へは乗り換えがなく、その駅は東京駅のようなダンジョンではなかったから、スムーズにホテルに戻ることが出来た。 部屋に入りあかりを灯すとソファーに座りたいのを我慢して、まずは天馬が措置をしてくれたスラックスをクリーニングしてもらうべく、フロントへ連絡した。 翌日。ロビーに行くとすでに天馬の姿があった。 「おはよう、ロジェさん。ゆっくり眠れた?」 クリームのチノパンにブルーのシャツを着た天馬は昨日より少し大人びて見えるのは、髪を固めて後ろに流しているからだ。 「ゆっくり出来たよ。このホテルのベッドは熟睡できた」 「そりゃそうだよ、めっちゃ高級なホテルなんだからさ。初めて入ったよ」
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