2.まちあるき

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2.まちあるき

ロビーは最上階の三十二階にあり、大きな窓ガラスからは東京の街並みが一望できる。確かに立派なホテルだなとは思ったが、天馬だってあんな立派なマンションに住んでいるのに、と少し不思議に感じた。 「じゃあ行きますか」 駅へと向かう途中でふと気がつく。天馬はこんな平日の昼間から私に付き合ってくれているけど、用事はないのだろうか。学生であれば、授業があるだろうし、社会人なら尚更だ。私の前に立つ天馬の顔をチラッと見る。少し目尻が垂れた瞳が優しそうな印象で、クッキリとした二重瞼。まるで女の子のような長いまつ毛。髪をオールバックにしていてもどこか可愛らしく見えるのは長いまつ毛のせいかもしれない。 地下鉄に数十分揺られて下車し、階段を登ると太陽が眩しかった。登りきった先にはビルは並んでいるもののどことなく下町のような感じだ。そして駅の高架の横を歩く。人は歩いているものの、昨日のような観光客はあまりいない。道沿いには背の低いビルやマンションが並んでいて、数分歩くと小さな階段が目の前にあった。それを登ると突然、幅の広い川の護岸に行き着いたのだ。 護岸は整備され、遊歩道が続いている。空の広さと青さ、キラキラした川面、そして右手の方角を見ると、川にかかる鉄橋を走る電車。開放感がたまらない。東京のビルの先にこんなところがあるなんて。 「僕のおすすめはここです。隅田川リバーウォークっていうんだ。ロジェさんと同じで僕もあまり人混みは好きじゃなくて。こういう自然が見えるところを散歩するのが好きなんだ」 それはありがたい、と並んで川を横目にして歩く。この川は隅田川というらしく、昨日天馬と出会った豊洲へ流れ着くらしい。青空と川が美しく、風を感じながら歩くと立派な橋が見えてきて、天馬は橋の名前やこの街の歴史を教えてくれた。三十分くらい歩いたあとは、川縁を離れ、街に戻る。古い街並みの中に比較的新しいカフェが点在していて、お互い街に溶け込んでいた。やがて古書を扱うお店に天馬は連れて行ってくれて壁一面、高く本が積み上げられた味のある店内に私は胸がときめく。手にした古書はノスタルジックな装丁とカビの香りがして、思わず一冊購入した。 「ロジェさん、話すだけじゃなくて読むのも完璧なんですね。純文学に手を出すなんて」 「いや、この表紙に惹かれたのさ。読むのは時間かかりそうだな」 「そっか。連れてきた甲斐があった」 天馬は嬉しそうに笑うと、次はごはんだと書店近くの店に連れて行ってくれた。レンガの積まれた壁に木製のドア。開くとカランと風鈴がなる。喫茶店のようだ。 「ここのナポリタンが最高なんです」 その店のナポリタンとメロンソーダは私にとって忘れられない日本での食事となった。豪華ではないが中毒性のある美味しさに、思わず夢中になって食べていた。
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