3.過去のできごと

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「時間が経って就職活動しなきゃって思ってもダメだった。コンビニのバイトとかなら平気なのに、正社員の就職活動は無理なんだ。気持ちばかり焦ってた僕に無理するなと言ってくれたのが、姉さんなんだ。姉さんは気晴らしにうちでバイトしなさいって」 なんでも天馬のお姉さんは夫婦共働きで国内外の出張が多く、家を空けることが多いらしい。子供はいないが大切な犬がいるため面倒を見てくれる人を雇っていたらしい。ちょうど契約が切れるから、天馬にお願いしたのだ。それを聞いて、ハッとした。 「もしかしてその犬がロジェなのかい? あの部屋はお姉さんの」 「うん。住み込みで世話してるんだ。働いてないのに、豊洲のタワマンなんて住めないよ」 「……もしかしてその会社はこの近くだったのか?」 天馬の浮かない顔を思い出して聞くと、頷いた。 「本当は行きたくないなって思った。でもロジェさんが珍しくリクエストしてくれたから……。それに、ロジェさんと歩いたらこの街の思い出が変わるかなあって」 私はその言葉を聞いて唖然とした。一言、私にここは行きたくないと言えばいいのに。どころか私との思い出になるならと連れてきてくれたことに対して胸が熱くなり彼を抱きしめたいという衝動に駆られた。何とかそれを抑えながらオーダーしたコーヒーを飲み、私は気持ちを落ち着かせる。 カフェを出て、再度天馬は先ほどの道に戻ろうとしたが、私は天馬の腕をとり、逆の方向である東京駅へと踵を返した。 「ちょ、ロジェさん」 ぎゅっと手を握ると、天馬は驚いたような顔を見せたが、それを振り払うことなくそのまま無言で駅へと歩いて行く。改札を通りどこへ行くか、決めないままに山手線のホームで二人立ち尽くした。 「……どこ行きましょうか」 時計を見るとちょうど十二時を回っていた。さっきカフェに入ったから腹は減っていない。ランチはもう少しあとにするとして、私が行きたいところを考えた。この数日でずいぶん天馬が案内してくれたから、思いつかない。なによりもう最後なのだと思うと切なくなってきた。どこかに行きたい、と言うより天馬とゆっくり過ごしたい。それなら…… 「天馬、豊洲に行きたい」 車窓から東京の街並みを見ながら新橋まで移動して、ゆりかもめに乗車する。天馬は他の路線で移動すれば早いからと言っていたが、味気ない地下鉄よりも天馬と一緒に外を観たかったのだ。 ホテルの前の汐留駅を通過し、しばらくすると海に突き出しだカーブをくるくるとまわり、すぐに目の前に大きな橋が目の前にそびえたつ。ふと私は初日にタクシーの運転手が並走する道を走ってくれたことを思い出した。 「レインボーブリッジ……」 あのとき、運転手がこの橋を渡り気まぐれに豊洲まで連れてきてくれたおかげで、天馬に巡り会えた。大袈裟かもしれないがこれも運命なのかもしれない。
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