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町の貸本屋の看板猫ウタと捨てられた子犬
ここは町の貸本屋さん。
しおりさんとつむぐさんの仲良し夫婦のお店です。
お店は海を眺められる山丘の中腹にあり、こじんまりとしています。
小さなお店ですが、カフェも兼ねています。
つむぐさんの淹れる珈琲としおりさんの作るキッシュやお菓子が絶品で、また気さくな人柄の夫婦に惹かれて、お客が絶えず癒されに訪れます。
二人には子供はいませんでしたが、長年夫婦と共に暮らす看板猫の『詩』さんがおります。
詩さんは、子育ての達人ならぬ達猫です。
たくさんの子猫を産み、たくさんの捨て猫も育てて来ました。
猫の詩さんが育てた子猫の息子や娘たちは、貸本屋さんに来る気の良いお客さん達にもらわれて、ほうぼう幸せに暮らしています。
猫の詩さんは、ベテランママでどっしりおっとりとした性格です。
見た目はだいぶ年老いたかもしれないけれど、まだまだ気迫もあるのです。
大事な我が子達と貸本屋さんを守ってきた風格があります。
ある朝、町に雪が降り始めました。
貸本屋さんは日本の南島の町に佇んでいます。
めったに雪が降ることはないのですが、今年の冬は冷え込んで珍しく二度目の雪がふわりふらりと舞い降りてきていました。
やがてしんしんと雪はやむことなく降り続き、町の家々の屋根や木々に緩やかな山を白く染めていきました。
白銀に光る雪。
寒く凍てつく風が時折り声を上げながら、町を駆け抜けていきます。
いたずらな風に積もり始めた雪が舞い上がる。
冷え込む大地――
貸本屋さんの玄関前には可哀想に、ダンボールに入れられた、まだ目も開かない小さな命が捨てられていました。
か細い鳴き声に最初に気づいて、子犬を発見したのは猫の詩さんです。
(おやおやまあまあ、これは大変だよ)
ガリガリと猫の詩さんが玄関のドアを爪とぎすると、報せに気づいたしおりさんがつっかけを履いて、猫の詩さんと一緒に外に出ます。
「あら……、可哀想に」
雪が綿帽子のようにかぶるダンボールを慌てて開けると、絞り出すような鳴き声で子犬が鳴いています。
毛布は敷き詰めてありましたが、弱々しくクンクン鳴き続ける子犬はガタガタと震えていました。
生まれてまだ数日しか経っていないだろう。
あとわずかでふっと消え入ってしまいそうな頼りなさに、しおりさんの心はぎゅっと痛みました。
しおりさんはあたりを見渡します。
他にも子犬が捨てられていないか、確認したのです。
犬は赤ちゃん犬を複数頭生みますから、この子の他にも捨てられた兄弟犬がいるやもしれないと思いました。
でも、どうやら貸本屋さんの前に捨てられているのは、この子犬一匹のようです。
子犬に寄り添うように、猫の詩さんがダンボールによいしょと入り込みました。
猫の詩さんは子犬の体をペロペロとなめてやると、子犬はいっそう鳴きました。
最期の力を振り絞るように見えて、慌ててしおりさんはダンボールを詩さんと子犬ごと抱きかかえて、家に帰りました。
しおりさんの夫のつむぐさんと赤ちゃん犬を抱きしめ温めてやり、看板猫の詩さん用に買って常備してあったミルクを温め、スポイトで赤ちゃん犬に飲ませてやりました。
しおりさんとつむぐさん夫婦の友達の獣医の飯野さんが、雪の中駆けつけてくれ、子犬の状態を診てくれました。
子犬は弱っていたので、しばらく飯野さんの動物病院に入院することになったのです。
猫の詩さんは、毎日心配そうに窓の外を眺めています。
子犬の心配をしているようでした。
やがて子犬は元気になり、貸本屋さんのおうちに戻って来たのです。
猫の詩さんは献身的に子犬を見守り、犬と猫との種族を越えた深い愛情で我が子のように育てます。
猫の詩さんの時に優しくて時に厳しい様子は、本当の母親のようでした。
家族が増え、しおりさんとつむぐさん夫婦にもますます笑顔が増えました。
活気づいた貸本屋さんには、子犬目当てで子供を連れた家族のお客さんも大勢やって来ます。
いつにも増して賑やかになってきました。
今では看板猫の横に看板犬が仲良く寄り添って、貸本屋さんのお客さんを出迎えています。
子育てに猫の手を借りた結果は、貸本屋さんがもっと繁盛したということです。
楽と名づけられた子犬が猫の詩さんにじゃれついています。
――猫の詩さんがいるから安心ね。
しおりさんが詩さんを見ると、上機嫌な面持ちで詩さんが鳴き声を上げました。
「ニャアァァッ」
まるで詩さんが「まあまあ、アタシに任せなさいニャア」と言っているようにしおりさんには思えて、本物の親子のような二匹ににっこりと微笑みました。
そんな自分の家族達を優しい瞳で見つめる夫のつむぐさんも、にこやかな笑顔で笑っていました。
了
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