夏の魔物と密かな恋

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「ああ、神林君だな。うちのエースだ。彼のお陰でパパの高校は地方大会を勝ち進んで、はじめて甲子園に」 「エースってことは投手なの?」 「そうだよ。エースで4番だ。この試合では」 「待って!」  語り出しそうになったパパを遮る。  口を開けたまま驚いているパパを前に、私は両手の人差し指で作ったばってんを突き付けた。 「ネタバレしないでよ。まだ5回でしょ。私この試合最後まで見る!」 「え?」 「だって、めちゃくちゃ格好いいじゃん。このイケメン、打って投げてするんでしょ? 投手っていっぱい映るよね。見たいよ」 「あ、ああ。それは別に構わないが」 「やった。じゃあ、お茶取ってこよ!」 「待て」 「え?」  今度はこちらが制止され、私はパパに掴まれた自分の左手を見た。大きな手のひらは少しだけ湿っている。熱中して見てたんだろう。  パパは画面から目を離さずに言葉を続けた。 「今からいいところだから、飲み物取ってくるのは後にしろ」 「あ、うん」  野球ってスローペースなイメージだったけど、三十秒程度離れるのもダメなんだ? 私はパパが座っているソファの背もたれに寄り掛かった。  神林君はぎゅっとバットを握り締め、真っ直ぐな瞳で投手を見つめる。いいな。鼻筋も通っていて映える。絶対モテてたよねこの人。  投手が大きく振りかぶる。  その瞬間、金属音がブラスバンドの演奏を切り裂いた。 「打った……」  一瞬でカメラが切り替わり白球を追う。それは大きな放物線を描きセンター方向に飛んでいく。凄い勢いだった。当たったらきっと怪我では済まない。  だけど、高過ぎて距離が足りない。ボールはフェンスの三メートル手前、センターが構えたグラブの中に吸い込まれていく。
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