第三章

2/2
前へ
/187ページ
次へ
 フミくんと私の人生が大きく変わってしまい、そして私たちの物質的な距離がまた近づいたのは、私と綾美の結婚式の頃だったのかもしれない。  私達の結婚式場にフミくんの姿はなかった。返ってきた往復葉書では出席してくれることになっていたけれど、式の三日程前にフミくんの母親が倒れた。私は知らなかったけれど彼女は病に侵されていたらしい。フミくんは彼の母親が暮らす北に向かった。私と綾美が新婚旅行でハワイ島にいた間に、彼女は亡くなっていた。  私が結婚式を挙げた数日後に、フミくんは母親の葬式を出すことになってしまった。  新婚旅行から帰るなり悲報を聞いた私は、取るものも取らずにフミくんの元に向かった。  フミくんは高校の頃から母子家庭だった。彼が転校してきた理由のひとつが、彼の父親が亡くなったことだった。 「天涯孤独になっちまったよ」  私の顔を見るなり、フミくんはそう言って少し笑ったあと涙を零した。 「葬式のときも泣かずに頑張ったんだけどな、博の顔見たら力抜けちまった」  そう言ったフミくんの肩を初めて私から抱いた。『悲しいことがあっても男たるもの涙を見せるな』と言われた時代のなかで、私たちは思春期を過ごしてきたのだ。  そんなフミくんに追い討ちをかけるように襲った不幸は、彼自身の怪我だった。サッカー選手にとって命の次に大切な足の怪我。それは彼の選手生命を奪うほどのものだった。  あの頃の企業というものは冷たいもので、若くして選手生命を絶たれたフミくんにとって、そこは針の筵だったようだ。フミくんの怪我のことを耳にした頃、私も自分の仕事に追われてすぐに彼を見舞うことができなかった。いや、忙しさだけではない。私はフミくんにどんな言葉をかければいいのかがわからなかったのかもしれない。  私が彼を訪ねることができたとき、フミくんはすっかり精気を無くした様子で、その上少し足を引きずっていた。 「最初の頃はたくさんの同情を貰っていたものさ。でもそれもすぐに無くなった。俺はすっかり会社のお荷物だ」  捨て鉢に言って、虚しく笑ったフミくんに、高校生の頃の明るさを取り戻してほしいと思った。 「フミくん、うちの会社に来ないか? フミくんのコミュニケーション能力はきっとうちの会社を助けてくれると思うんだ」  それは本心だった。もちろん私の立場なら彼を守れるのではないかとも思った。その時は誓って私のなかに(よこしま)な気持ちはなかった。  綾美と夫婦になってニ年半ほどの時だった。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加