第四章

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第四章

 その頃の私と綾美は仲の良い夫婦だと言われていた。喧嘩をすることもなく、休日は共に出かけた。ただ夫婦の生活がどういうものかということについては、わかっていなかったかもしれない。今思えばまるでおままごとをしているようだったかもしれない。私たちは順調すぎた。そして人生経験が浅すぎた。周りからは「子供はまだか」とよく言われたけれど、まだ授かってはいなかった。あとになって博美が産まれたのだから、綾美の体に問題があったわけではない。異常はきっと私にあったのだろう。  例えば新婚夫婦が、どのくらいの頻度でどんな風に身体を重ねるのかということも、私たちはよくわかっていなかった。もちろん人に聞くことはできないし、知識を得ることも簡単ではなかった時代だ。綾美のことは好きだった。とても大切な存在で愛していた。ただ、性的に彼女を欲してやまないということはなかった。その理由に気づいたのは、もっとずっと後になってからだ。  あの頃の綾美が、そうした生活をどう思っていたのかということは、彼女が居なくなってから知ることになる。女性が性欲の片鱗を見せることは、恥ずかしいことだと言われた時代を私たちは生きていたのだ。
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