第四章

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 フミくんは私の誘いの半年後に帰って来てくれた。ここは彼の故郷ではない。高校生の数年を過ごしただけの土地だ。親族も伝手(つて)もない。しかし彼は「その方がいい」と言った。 「俺が天涯孤独だということも、サッカーのことも、何も知らない人たちと環境の中で過ごしたい」  そんな言葉の後に「博たちが居るしな。お前たちだけでいい」と。その言葉は嬉しく同時に大きな責任を負ったことを痛感させた。  けれどフミくんは、そんなことをまったく感じさせないほどに私の会社に馴染んでいった。   後継のたっての頼みだということで、快く彼を歓迎してくれた父も、彼の予想以上の働きに喜んでいたのは間違いない。  フミくんはあっという間に気難しい職人たちともいい関係を築いていった。そんな様子はあの転校してきたばかりの彼のことをしばしば思い出させた。  その頃は既に私の出所も全ての社員や取引先が知ることになっていたが、フミくんと私が同級生であることを知った人たちは、「間違いなく三代目の右腕になる」という言葉で彼を評価してくれた。もちろん私もそうなってくれることを望まないはずはなかった。  フミくんとは、何度も共に出張に行っていた。遠方に出向いた際は、共に数日を同じホテルで過ごすこともあった。思えばその頃の私は誰の目から見ても生き生きとしていたのかもしれない。  当初の予定通り、私が現場に出向くことが無くなってからはそうしてフミくんと過ごす時間は減っていった。代わりに彼は遠方から帰って来る度に地方の土産を持って、私と綾美が暮らすマンションに立ち寄ってくれるようになった。  初めのうちこそフミくんのことを客人として受け入れ、緊張していた綾美も、フミくんの性格にすっかり魅せられたようで、数回の来訪のあとはまるで家族のように彼を迎え入れるようになっていた。それが演技でないことは長い付き合いの私にはよくわかったから、出張でないときも私はフミくんを誘うようになっていた。  天涯孤独となったフミくんをこの地に誘った責任の取り方のひとつは、そんな機会を設けることだというのは、当時の私が自分のために用意した言い訳に他ならない。  三十を前にしてもなお、私は彼と過ごす時間を喜ばしく感じていた。そんな気持ちが親友と過ごす時間だからというだけでないことに気づいたきっかけは、ある夜の綾美との会話だった。
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