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第六章
あの夜からフミくんへのときめきが以前以上にはっきりと湧き上がるようになった。しかもそれは思い出のなかのことでだ。フミくんとの思い出のひとつひとつをあの時もそうだったというように思い出しては噛み締めていた。だがそれと比例して彼と向き合うことを避けるようにもなっていた。「私のなかにある彼への想いは間違っている、そして私は異常だ」仕事に集中していなければ、脳内にそんな自分の声が聞こえた。
しばらく会話をすることもなかったフミくんから、内線電話がかかってきたのは五時半の就業時刻を回った頃だった。
「部長、今夜飲みに行きませんか?」
まだオフィスにいるのだろう押さえた声にトクンと心臓が鳴った気がした。今、彼が同じビルの中にいることを確認できたことを幸せに感じていた。
「就業時間は終わったよ、博でいい。いいよ」
声が弾んでしまわないように気をつけながら答える。
「内線電話だからな。何時頃になる? 東口改札前にいるよ」
私は最速で終われそうな時間を伝えてから聞いた。
「うちに来ないのか?」
「今日は外で」
フミくんの電話は短く答えて切れる。
あの夜から何日経ったのだろうか。フミくんはこれまで長期出張のときを除き、週に一度は私の家に来ていた。最初の頃はどこかで待ち合わせたり、時間を合わせて退社して二人で帰っていたが、最近はフミくんが先に終われば直接行ってもらっていた。ほとんどの場合、彼が後から来る方が多かったけれどそうでない場合もないことはなかった。
「今日は外で」という言葉が少しだけ気になりながらも、目の前にある仕事で明日に回せるものを選択していた。
フミくんと二人きりで過ごすのは本当に久しぶりだと思う。二年前の出張が最後だ。そう思うと嬉しい気持ちの反面、どこか緊張している。しかも自分の本当の気持ちに気がついてからまだ日は浅い。まずはこの気持ちにもう一度繭を張り巡らせてから。フミくんに会うのはそれからだと思っていたのに、しかも二人きりでだ。
フミくんから敢えて「二人で」と言ってきたということは何か綾美には聞かれたくない話があるのだろう。彼が友としての私に話したいこと……。あの夜のあと初めて会うのだから、もしかしたら綾美が言ったことの延長にある話かもしれない。そしてそれは綾美には聞かれたくないことだ。
想像をしてみようとして止める。あの夜の綾美の話の延長にあることならば、どんな内容でも私には辛いことになりそうな気がしていた。それでも私は彼の親友の顔だけでその話を受け止めなければいけないのだ。
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