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駅周辺には多くの飲食店があるが、そのほとんどが西口と南口改札の方に固まっている。東口にあるのはこの『膳』と数件の小さな店だけだった。それでも『膳』が人気店なのは、安くて早くて美味いという三拍子が揃っていたからだ。ただ、今口の中にあるゲソ天は何度咀嚼しても味がわからない。フミくんはどうなのだろう。そんなことを思っていたときに、
「冷めても美味いなここは」と彼が言った。
フミくんには味がわかるんだ。つまり彼にとって今の話はすでに、私が感じているほどショッキングなことではないのだろう。彼のなかでその光景は脳内にしっかりと定着したものになっているのだ。フミくんのなかで、その光景が『結婚』に直結するものになってしまっているんだ。
私はフミくんが「結婚をしない」と言った理由がわかった気がした。母親のような苦労を背負いたくないのかもしれない。そんな風に考えながらゲソ天を飲み込んだ私の耳に、フミくんの意外な言葉が飛び込んできた。
「惚れて大切だと思った女性にあんな思いはさせたくない」
ああ、やはり私はフミくんにはかなわない。私はそんなフミくんに、これからも魅かれ続けるに違いないのだ。
フミくんは一瞬で今までに増して彼にときめいた私には気づかず、少し照れたように微笑んでからまた口を開いた。
「なんてな。そんないいかっこ言っても、女性と付き合ってきたんだから酷い男だろ。矛盾してるよな。でも言い訳するとな、博のせいでもあるんだぜ」
いたずらっ子のようににやりと笑った口から、自分の名前が出て驚いた。フミくんはそんな私を見て今度は面白そうに小さく笑った。
「ごめんごめん、違うんだ。こっち来て博に出会ってさ、お前たちの関係を聞いたときに驚いたんだ。そして羨ましかった。決まってたなら仕方ないじゃないかってね。そしてお前たちを見て、また羨ましくなっちゃったんだよ。あやちゃんを見るときのおまえの視線があまりにも穏やかで優しくてさ。決まってたって思おうかと思ったんだ。しいて言えば神の採択で決まってたんだって。親父のせいでもお袋のせいでも俺のせいでもないって、神さんに責任押し付けるのはどうだ?ってな」
フミくんは言いながら笑っている。私を揶揄って笑っているのかと思った。けれど少し違う。今のフミくんの笑顔は楽しそうではない。それでも私も口を開く。
「それでいいじゃないか。未来をわかっているのは神だけなんだから」
フミくんはうんうんと頷いたけれど、最後に首を横に振った。
「でもな、俺は神の選択を見てしまった」
神の選択?
「お前たちのおかげで、そんな気持ちになってさ、恋人作ったりした。こいつとならと思った相手がいたんだ。でもな、俺の足は潰れた。親父と一緒さ、自分で選択したわけじゃない。神の採択」
「そりゃ、サッカー選手ではいられなくなったけど、それだけじゃないか。フミくんは今、頑張って頑張れているじゃないか」
彼の怪我の話を聞いて、あの迎えに行ったときの精気を失ったフミくんの顔を思い出してしまったのか、私にしては強く言っていた。フミくんはそんな私に少し驚くとまた首を振る。
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