綾美 Ⅲ

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綾美 Ⅲ

 博さんからやんわりとフミくんの結婚感を聞いてから十日ほど経っている。フミくんはまた長期の現場があるらしく、私が彼の結婚の話をしたあとはまだ家に来ていない。だからまだ 私は自分の浅はかな言動を謝る機会をもらえていなかった。  博さんから話を聞きながら涙が止まらなかった。神様は酷いと思っていた。でも私も酷い。  それはとてもプライベートなことで、私なんかが口を挟むことではなかったのだ。  私は短大を卒業してから働いたことがない。卒業後の私の進路は『家事手伝い』だった。  社会経験のない私が……、博さんの親友に対して浅はかな行動をとってしまった私が、将来、社長夫人として博さんを支えていくことができるのだろうか? 一人で家にいるとついついそんなことを考えてナーバスになってしまっている。  私もちゃんと学ばなければいけないはずだ。それは卒業してから今も続けている茶道や華道ではないこと。先日、お義父さまにお会いしたとき、博さんはもうすぐ常務になるとこっそり教えてもらった。着々と会社でのポジションを上げている博さんに私はまったく追いつけていない。  今回のフミくんに対する思慮のなさが、私の未熟さを顕著に表していると思えた。  そしてもうひとつ。私はまだ博さんの後継をつくれていない。そのことについては博さんも何も言わないし、お義父さまやお義母さまも触れないでいてくださる。とても繊細な問題だと私を(おもんばか)ってくださっているのだ。自分はそんな風に周りに気を遣ってもらいながら……。やはり私は浅はかだった。  博さんはフミくんの話をしてくれたときに、フミくんは幼ない私の思考を汲み取ってくれてお礼を言ってくれたと言いながら、 「綾美の優しさだね。僕もわかっているしフミくんもわかってくれているよ」と、泣き止めない私の頭をずっと撫でてくれていた。本当に申し訳ない。  懐かしい短大時代の友人から手紙が届いたのは、そんな風に自己嫌悪が嵩んでいたある午後のことだった。久しぶりにプチ同窓会をしようという内容だった。  エスカレーター式の女子校で仲の良かった数人の友人はみんな関東に嫁いでいたので、これまでなかなか会う機会がなかった。やはり家庭を持つと女性は友人と疎遠になってしまうようだ。  仲良しグループだった四人のなかで、最初に結婚したのは私で、次に結婚したのは真由美ちゃんだった。真由美ちゃんの式には四人揃えたけれど、三番目に結婚した淑子さんの式には真由美ちゃんは妊娠中で来れなかった。最後に結婚した妙子さんの式には淑子さんが妊娠中で来れなかったから、四人が揃うのは真由美ちゃんの式以来になる。  考えては落ち込んでばかりいた私の時間が、ほんの少し明るくなる手紙を抱きしめて懐かしい日々を思い出しながら、博さんは一晩家を空けることを許してくれるかなと思っている。  懐かしい友人達に、私の失敗を打ち明けたら、人として成長するためのアドバイスをもらえたら、少しは心も晴れるかもしれない。  悩む必要はないと思う。博さんはきっと許してくれる。きっと快く送り出してくれるに違いない。私が落ち込んでいることもわかってくれていると思う。私の愛した人はそういう人だ。
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