綾美 Ⅲ

2/21
前へ
/187ページ
次へ
 予想通り、博さんは私の外出を快く許してくれた。私が言う前に 「東京ならホテルを取っておくから一泊してくればいい。皆さん関東なら、君も帰りの新幹線の時間を気にせずに友達とゆっくりしておいで」  そう言ってくれた。そして数日後には以前雑誌を見ながら「いいな」と話していたオレンジがかったキャメル色のコートを買ってきてくれたのだ。驚いた私に「少し早いクリスマスプレゼントだよ」と笑った博さんに促されて、袖を通したカシミヤのコートは暖かかったけれど、それよりも博さんの気持ちがもっと暖かかった。私が落ち込んでいたことをきっとわかってくれていたんだと思うと、有り難くて幸せでまた涙が滲んだ。  約束の日の朝、いつものように見送る私に「皆さんによろしく」と言ったあと、 「そうだ、新年に経済界のパーティーかあるんだ。そのときに着る洋服を見てくればいい。お友達にアドバイスをもらって。遅れてでも僕も東京に行ければいいんだけれど、今はちょっと時間がとれなくてすまないね」と。  革製の鞄を渡しながら、一緒に行くことを考えてくれたことが嬉しくて、「ありがとう」と言うのが精一杯だった。  博さんがとってくれた新幹線はグリーン車だった。初めて座るゆったりしたシートに緊張しながら、新しいコートを膝にたたんで窓の外をぼんやりと見ていた。富士山が見えたとき、隣りに博さんがいればもっと楽しかったのにと思った。そしてフミくんのことを思い出す。フミくんはこんな気持ちにならないのかしら。  また心に湧いてしまったお節介を(いまし)めながら、違うことを考える。  朝、博さんはサラッと言ったけれど、経済界のパーティーって……。そんな華やかな世界も初めてのことだ。いったいどんな服を着ればいいのだろう。田舎者の私には想像もできないけれど、東京で長く暮らしている妙子さんならおしゃれや流行にも敏感だろうからアドバイスをもらおうかな。でも学生時代、私たちのグループでは派手な方だった妙子さんのアドバイスにはついていけないかもしれない。真由美ちゃんはとにかくピンクが好きだったし、やっぱり淑子さんに選んでもらおうかな。  最後に会った日の皆の懐かしい顔を思い出しながら、久しぶりにうきうきしている間に新幹線は滑り込むように東京駅に着いた。  博さんが書いてくれた地図を見ながら辿り着いた約束のお店は、まるでお城のような外観のフレンチレストランだった。雑誌で見たことがあるお店に入るとき、少し緊張してコートの前を握りしめていた。  妙子さんの名前を告げて案内された個室のドアをノックすると、中から「はい」という声が聞こえた。懐かしい真由美ちゃんの声だ。  懐かしくて嬉しくて扉を開けると、広い部屋の中央にある丸いテーブルに真由美ちゃんが一人座っていた。 「綾美ちゃん!」  そう言って立ち上がった真由美ちゃんのそばまで小走りで進み、お互い肩を抱いて再会を喜んだ。 「本当に久しぶり!」  昔と変わらない真由美ちゃんの高い声と溢れるような笑顔が、再会を心から喜んでくれているように感じて嬉しかった。真由美ちゃんの着ている淡いピンクのセーターに触れながら、気持ちは一瞬であの頃に戻ってしまう。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加