綾美 Ⅲ

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 立ったままで真由美ちゃんと再会を喜んでから、部屋の壁際にあるハンガーラックにコートを掛けていたときに、扉が開いて淑子さんが入ってきたらしい。  「淑子さん! 久しぶり!」という真由美ちゃんの声で振り返ると、そこには相変わらずスレンダーで知的な雰囲気の淑子さんがいた。 「淑子さん!」  真由美ちゃんに倣って私の声も少し大きくなってしまったかもしれない。 「綾美ちゃん! 久しぶりね、嬉しい」  淑子さんもそう言って私の方に小走りで来てくれる。 「真由美ちゃんとは何度か会ってたけど、綾美ちゃんに会うのは私の結婚式以来ね! あの時はゆっくり話せなかったし。お元気だった?」  学生の頃と変わらない。薄いお化粧と黒髪が淑子さんの知的さを際立たせている。さりげなく首に巻かれたシルクスカーフを見て、やっぱり淑子さんにパーティーの服を選んでもらいたいなとふと思った。 「私一人、地元に残っていたから、なかなか会えなくて淋しかったわ」  両手で淑子さんと手を握りあいながら、旧友との再会にうきうきしている。 「そうよね。主婦になるとなかなかね。座りましょ」  淑子さんに促されてテーブルに着く。  部屋に入ったときに、四人には大きすぎると思った円テーブルに着いて真由美ちゃんの方を見ると、東京の街が見えた。そろそろイルミネーションのライトが灯りそうだ。思えばこんな時間に外にいることも久しぶりだった。いつもなら窓の外の様子を気にすることもなく、夕食の準備をしている時間だ。 「こんな時間に外にいるなんて、そもそも一人で出かけているなんて久しぶり過ぎて緊張するわ」  まるで私の心を詠んだように真由美ちゃんが言う。 「私は保育園から子供を連れて帰ってる時間だわ」  淑子さんもそう言って笑った。淑子さんは卒業して幼稚園の先生になったけれど、ご結婚のときに退職されたと思う。 「また先生に復帰したの?」  一人地元に残って疎かった私の質問に、淑子さんは 「夏頃からまた始めたの。太一を保育園に預けられたから」と、またにこりと笑ってくれた。  短大では私と真由美ちゃんと妙子さんは家政科で淑子さんだけが幼児教育科にいた。淑子さんと仲良くなったのは、彼女と真由美ちゃんが中学の同級生だったからだ。 「学んだことをお仕事にしているの、偉いわ」 「偉くなんてないわよ。もっともそのおかげで主人と出会えたんだけどね」  そうだ、淑子さんのご主人は学校の先生だった。 「結婚しても仕事を続けているのは淑子さんだけね。国家資格ですものね、宝物よね」  真由美ちゃんもにこにこしながら言った。真由美ちゃんのご主人は、大きな病院の眼科の先生だ。 「二人ともご主人は先生だよね」 「ほんとだ! でも同じ先生でも収入はまったく違うもの。うちは二人で頑張らなきゃ」  淑子さんはそう言いながら腕時計を見る。 「妙子さん、遅いわね」  話に夢中になっている間に、約束の時間を十分以上過ぎている。 「アペリティフも出てこないということは、お店に何か連絡が入ってるのかしら」  淑子さんが言って立ち上がりかけたときに、コンコンとドアがノックされた。 「はい」  立ち上がりかけた淑子さんが、応えたときドアが開いて妙子さんが入ってくる。 「ごめんなさい! 少し遅れてしまって。もう皆さん揃ってたのね」  息を切らすでもなくそう言った妙子さんの後ろに意外な人の姿があった。    
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